火曜日, 7月 24, 2007

カツオボーイ

 通勤する途中、ベティにあげる鮭棒を買うためにヨーカドーに寄った。朝から奥様方がバブーをおぶったり、引っ張ったり、からころ押したり、レジはものすごく混んでいた。にゃんこに良さげな鮭棒が見当たらず、代理にカツオ棒を買った。カツオ棒なのにホタテ味とかあって、不思議に思ったが、僕が買ったのは土佐清水産のカツオで、ちゃんとカツオ味。これが中国産なら段ボールを疑うけどね。さっそくあげようとベティを探したが朝はいなかった。
 帰りに守衛室の前を通ったら、案の定、ベティが入口で寝ている。「ベティ。ほら、カツオ棒だぞ!」とビニールをむいてあげたら、急にスリープモードから復活したWindowsみたいにウィーンと起動、カツカツ、カツオ棒を食べ始めた。「そうか、そうか、そんなにおいしいか。」と頭をなでようとしたら、「気安く触らないでよ!」的なそっけない反応。あげく「もうカツオないの?」みたいな恨めいしい顔。がーん!
 そういえば、彼女の飼っているニャンコにも似たようなことをされたことがある。鮭棒をあげようとしたた、僕の手から鮭棒だけを叩き落とそうとして、感謝の「か」の字もない。むむむ、今回もか。納得のいかぬまま帰路につく7月のある1日でした。

火曜日, 7月 17, 2007

タイムスリップ

 後輩に教えてもらったメディアアートの展示を見に、久しぶりに東大本郷に行った。ユビキタス・アートという国際会議[Link]の催しの1つとして開かれたもので、池上さんと渋谷さんの「Taylor Couette Flow」の装置が展示されるというので、それを見に行った。二重円筒に挟まれた流体が流れのパターンを作り出すのだが、内側の円筒の速さによって秩序的な場合やすごく乱れる場合(つまりカオス)がある。その現象を聴覚的に再構成して、アートにしようというのが池上さんたちの試みである(こんな平坦な説明では怒られてしまうだろうが)。常に同じものが再構成されるとは限らず、作者の意図を超え、一過性の現象と鑑賞者との相互作用の中に新しい解釈が宿る。このようなインタラクティブなアートが6点ほど展示されていた。中には、メディア芸術祭で見かけたアートもあった。
 東大本郷を出た時、どうせだから母校の中大理工にも行ってみようとふと思い立ち、てくてく春日通りを北上した。噂には聞いていたが、物理実験をやっていた建物の向こう側に新しい立派な建物が建っていた。何でも情報系の学科が入っているらしい。一階のロビーみたいな所では、学生たちがたむろしてレポートをやっているようだった。昔、ここに何があったのか思い出せない。
 中大を後にして、どうせだからとさらに春日通りを北上して、サークル活動に明け暮れたお茶大まで歩いた。さすがに中には入れなそうなので前を通過するだけだったが、かつて歩いた道を思い出にひたりながら歩いた。サークルのビラを配ったこと、子供会の子どもたちと遊んだこと、しいのみの仲間と楽しい時間を過ごしたこと。
 東大(といっても僕は駒場だが)、中大、お茶大、いろんな思い出の詰まった大学を結ぶ春日通りを散歩しながら、結局、池袋まで歩いた。もう二度とこんなことをする機会はないだろうから、とても貴重な時間だった。そう徒労感の中で思った。そして、八王子の都立大には、こことはまた違った思い出がある。思えば、僕は、お得な学生時代を過ごしたのかもしれない。

月曜日, 7月 16, 2007

From Bit to It

Artificial Lifeを研究する上で、SFは良い意味でも悪い意味でも刺激をくれる。暇さえあると、ジュンク堂をぶらぶらして本を探索するのが僕の趣味というか癖だが、素敵な本を2冊購入した。1冊目はずっと話題になっていたSFで、円城塔の「Self-Reference Engine」[Link]。円城さんは「オブ・ザ・ベースボール」で第104回文学界新人賞を受賞し、この作品は芥川賞の候補にも挙がっている。[Link]もしこの作品が芥川賞を受賞したら、なんとSF作品初になるのだそうだ。円城さん(ペンネーム)は、東大駒場で複雑系の研究をしていた先輩で、僕は直接お会いしたことはあまりないのだが、関数マップという仕事をしていることは知っていた。このような文才をお持ちだとは知らなかった。グレッグ・イーガンやボネガットの世界観を合わせもつと書評する方もおられるが、僕は正直この作品を適切に表現する言葉を持たない。どっぷりその世界観を楽しませていただく。

 もう一冊は櫻井圭記著「フィロソフィア・ロボティカ」。櫻井さんはプロダクション・アイジーで攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(SAC)の脚本を手がかけた脚本家。ロボットと人間の関係、あるいは近未来社会など、SACの話題も織り交ぜながら鋭い視点で論じている。僕はSACの世界観がとても好きなのだが、なるほどこの人にしてこの脚本あり、と感じた。ありきたりの哲学や認知科学の本よりも何倍も重要でおもしろい。

 Artificial Lifeがやっていること、それは「From Bit to It」、つまり人工世界にリアルを見出すという作業だろう。僕はお二人のような優れた言語化のセンスを持たないが、仮想世界を作ることで自分なりの表現を探究して行きたい。

ベティ・ブルー


台風のため雨脚の強まりつつあった先日、保健室の軒下でベティを見かけた。いつものように目の周りはしょぼしょぼとして、ベティの顔は空のようにどんよりとしていた。よく彼女は、「雨の日、猫はどこで過ごしているんだろう?」と言っていたが、ようやく答えがわかった。たぶん、保健室の軒下だ。東大でもきっと保健室の軒下は、しょぼしょぼしたネコたちで渋滞しているだろう。きっとここなら大丈夫。うっかりつかまって酷いことされることもない。保健のおばちゃんという強い味方がいる。少なくとも午後5時までは。。。
 そう言えば、みんながベティと呼んでいるので、ずっとメスだと思っていたのだが、実はそのしぐさからオスなんじゃないかという疑惑が持ち上がった。つまり、”ベティ男”なんじゃないかと。しかし、守衛さんの前で股をおっぴろげて確かめるわけにもいかず、とりあえずメスだということにして接するようにしている。鮭棒を持っていく約束をしたので、今度あげるからね。