美しい文章で綴られた美しい物語だった。80分しか記憶の続かない博士と家政婦さんとその息子ルートが、数学という言葉を介して、ぎこちないながらも不思議で暖かな絆を築いていく。それは、友愛とも恋愛とも家族愛とも違う。しかし、それらに劣らず温かくて確かな絆だ。文字通り計算された数のトリックが、独特の雰囲気を小説に与え、読んでいて小さな「へえ」が絶えない。文学者が数学を表現すると、こうも美しく描けるものなのかとつくづく感心した。僕が好きな文章を2つ紹介したい。
博士が家政婦さんの息子にルートというあだ名をつけるシーンで。
「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ。」
家政婦さんがオイラーの式を解釈するシーンで。
果ての果てまで循環する数と、決して正体を見せない虚ろな数が、簡潔な軌跡を描き、一点に着地する。
Amazonの書評では、人物の詳細が書かれていないという手厳しいコメントもあったが、そこに重きが置かれていないからこそ描けた世界観なのではないかと、僕は思う。機会ががあったら、映画化された作品のDVDも観てみたい。
ちなみに、オイラーの式とは左のような式で、この簡潔な表現に、虚数i、円周率π、ネイピア数e(自然対数の底で約2.7)、そして、マイナスと1、数学の主役たちが詰まっている。このオイラー式を主題にして、解析学の基礎をすっきり学べる、僕のお気に入りの一冊がこちら。今は文庫版のみ売っている。
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