火曜日, 4月 07, 2026

新学期

  明日(4/8)から小学校が再開する。巷では不登校が問題になっているようだが、うちの子たちは学校が大好きで、今日から「楽しみ」と言っている。特に、席替えにワクワクしているようだ。「学校に行きたくない」ということが一度もない。学校の成績云々よりも、学校が大好きというのは何より。

 僕も学校が大好きで、それが故に大学の先生をやっているところがある。家にこもっていてもつまらないが、大学行くと何かしら面白いことや、面白い人がいて、それが何よりも楽しい。大学とはワクワクするところ。そういう場所であり続けてほしい。

 まもなく50を迎えるので、この新学期は少し特別な感じがする。キリよく退職まで15年。やりたいことは山のようにある。さて、何をやろうか。

火曜日, 3月 31, 2026

ミッション・コンプリート

 本日、1.5年の主任の任期を無事に終えた。この前にコース(博士)の副主任を1年、課程(修士)の副主任を1.5年をやっている。なので、入試業務を4年やったことになる。入試は決してミスが許されないので、この間、大きなトラブルがなかったのは幸いだ。

 主任になってからは、小から大まで様々な意思決定を日々する必要があるし、突然の仕事やトラブル対応も舞い込む。「来た玉をとにかく正確に打ち返す」というような日々で、無意識に緊張していた。

 その重圧からようやく解放された。長いなと思っていたが、3月の仕事の峠を越えてからは、あっという間だったような気もする。多くの方々の支えがあって、無事にこの日を迎えることができた。そのことを忘れてはいけない。

 さて、気持ちを切り替えて、4月からはプロジェクトに本腰を入れる。やりたいことをやる。

 

木曜日, 3月 19, 2026

読書欲

  あまりの忙しさに、この3、4年、読書欲がほとんど湧かなかった。もちろん専門書は読むのだけど、研究とは全く関係のない哲学、歴史、小説などには触手が伸びなかった。

 しかし、3月も2/3が終わり、重要業務もあとわずかとなり、ゴールが見えてきた。そのためか、これまで封印していた読書欲が芽を出してきた。「知りたい」という欲のままに、読みたい本を読む。こんな当たり前のことができなかった。正常な自分に戻りつつあるということか。

 先日、倅少年を連れて、近所の図書館に行って、あえて分野の異なる本を3冊借りてきた。倅少年は天気がすきなので、やさしめの天気の本やかがくの本を借りた。彼も読書の楽しさに目覚めてくれるといいな。

 どんな本だっていい。好きなものを好きなだけ読めばよい。それはやがて自分の血肉になる。


水曜日, 3月 18, 2026

総務省イベント

  3/16(月)の総務省「インターネット上の偽・誤情報等への対策技術の開発・実証事業成果発信イベント」で基調講演をしました。

 かつては、この手の話題では観客はまばらでしたが、今回は300名を超える申し込みがあったとのこと。開発助成に採択された事業者の関係者はもちろん、その他の企業や団体の方、メディアの方も大勢いらっしゃいました。

 講演概要やイベントの様子は新聞やネットメディアでも取り上げられたので、ぜひご覧ください。

 講演後も、ポスターを見て周り情報交換をし、とても有意義なイベントでした。また、笹原研の修了生1名(社会人)が、会社が近くだということで、講演を見に来てくれました。あまりの忙しさに、一時は断ろうかとも思ったのですが、無理してでも引き受けて良かったと思います。

土曜日, 2月 21, 2026

ピッツバーグ

 2/16-21の日程で、富士通アメリカの研究所とカーネギーメロン大学(CMU)があるピッツバーグに行ってきた。日本から直行便がないので、行きは成田→シカゴ→ピッツバーグで、帰りはピッツバーグ→ニューヨーク→羽田。乗り継ぎも悪くて、時間がかかった。実際に現地にいたのは3日だけ。

 今回は、富士通との共同研究の打ち合わせと、CMUの3名先生と顔合わせをして、情報交換を行った。今回の海外出張は、前からとても楽しみにしていた。9月にIUを再訪したときが、あまりに良すぎて、同じようなことになるかなと期待していた。

 しかし、現実は違った(あれはIUという思い出の場所と、Filの人柄のなせる業だったのだな)。事前にもろもろ仕事は片付けて、打ち合わせに集中しようとしていたが、なかなか事務仕事は片付かず。それどころか、現地にいってから増える一方だった。日本との時差が14時間あるので、ピッツバーグが夜の時、日本は昼。通知をオフにしていても、じゃんじゃかSlackの通知が真夜中に飛んできた。

 寝る時間なので返信する義務はないのだが、トラブルに関する投稿が来ると、ついつい見て対応してしまう。主任が回答しないことには、物事が進まないのだ。見てしまうと、見なかったことにはできないので、眠れなくなる。かくして、体内時計をうまく調整することができず、今回は体力的には絶不調(風邪気味でもあった)。

 出張期間中に計算社会科学会大会の論文投稿の締切もあり、今回は自分も久々に発表するので、自分の原稿を書きつつ、学生・ポスドク計9名の論文を確認して、コメントした。これだけ人数がいると、ざっとの確認でもかなり時間がかかり、帰りの機中で、時々切れるWIFIにやきもきしながら、作業を終えた。

 有意義ではあったけど、思ってたんと違う海外出張になった。

月曜日, 2月 09, 2026

終わりの始まり

  久しぶりに小説を1冊読み切った。 「平場の月」という小説で、50を過ぎた大人の恋愛が、緻密な描写と構成で描かれている。年齢が近いことや、自分が住んでいる辺りが小説の舞台なので、とてもリアリティを感じる。堺雅人と井川遥が主演で映画にもなっている。

 中江有里が執筆したこの小説の巻末解説に、「50代は人生の終わりの始まり」という表現があった。この言葉がグサリと刺さった。そうなのだ。すでに自分は人生を折り返している。「年をとったな」という漠然とした感覚はあったが、こうして文字にされると切迫感がある。

 今「若者」と呼ばれている人たちも、確実に年を取り、50になる。加齢という不可逆現象は、誰もが等しく経験するもので、避けることはできない。感受性お化けだった10代、体力お化けだった20代と30代、体にガタがくる40代、そして、酸いも甘いも経験して成熟した50代に突入する。

 しかし、これは必ずしもネガティブなことを意味しない。残り時間が限られているからこそ、それを有効に使おうという気持ちにもなる。自分が本当に好きなこと、これまであきらめていたこと、まだ経験したことがないこと、やれることを今始めないと、きっと大きく後悔する。

 今年、私は50になる。さて、残された時間に私は何をしたいだろうか。やりたくないことに時間を使っている暇はない。やりたいことは溢れている。まずは過去一太った体を引き締め、筋肉に自信をつけるところから始めるか。シックスパックの科学者。そんなナイスボディーがバックパックにMacbookを入れて、フットワーク軽く世界中を飛び回って、すごい研究をする。いいじゃないですか。