月曜日, 7月 20, 2026

夏休み

 講義は土曜1限なので、土曜は早起きして大学に向かう。田町駅に着いて、職場に向かう途中、蝉が鳴く力強い声が聞こえた。もっと前から聞こえていたのかもしれないが、そこに注意が向く余裕もなかったのだろう。「ああ、夏か。もう、夏休みに入るのか。」

 自分が小学生の頃は、夏休みに何をしていただろう。ラジオ体操、昆虫採集、読書。スマホもタブレットもない時代なので、ウルトラマンなどの再放送を見たりもしていた。お盆になれば、浪江の祖父の家に泊まりに行くのも楽しみだった。

 もっと時間がゆっくりと流れ、自分と世界と向き合う時間がたくさんあった。それは貴重なことだったのだと思う。SNSとAIでいくらでも時間が溶けてしまう現代、これでよいのかと疑問と不安を抱えつつ、使いこなさなければ生き残れないというのも現実。ややこしい。

水曜日, 7月 08, 2026

Claude

  現在のAIは閾値を超えたなと思う。特に、Claude Fable 5の能力は凄まじい。少し曖昧な指示を与えても、こちらの意図や文脈を踏まえて、適切に振る舞うことが多い。Opus 4.8だと、自信満々に間違えることもあるが。

 Claudeとアイデアの壁打ちをしていると、明らかに自分よりも能力が高いと感じる場面がある。一方で、「絶対こうなるはず」という信念や全体像に基づく直感みたいなものはないな、と感じることが多い。

 ある時、自分が考えている仮説をClaudeに全否定されて、捨てそうになったことがある。セカンドオピニオン的にGeminiに聞いたら、やたらヨイショしてくれて、それがきっかけで考え直して、捨てずに済んだ(Geminiはヨイショしかしないので、それはそれで問題)。

 要はAIの回答に一喜一憂しているのだ。しかし、AIを使ってでも突き進まないと。世界は死ぬ気でAIを使ってくる。論理的なミスや詰めの甘さなど一切許されない領域に突入している。そうなると、AIは効率を上げる役立ちグッズなどではなく、身体の一部と化す。

 Fableに課金できる裕福なものは優れた結果を出し、それにお金を払えないと淘汰される、みたいなことになるのだろうか。論文も申請書も。もはや、「研究楽しい」とか言ってられない、ややこしい時代になった。もしかしたら私は、「研究が楽しかった時代」を知る最後の世代になるのかもしれない。

木曜日, 7月 02, 2026

スマホ農場

  先日、衝撃的な特集を見た。TBS「スマホ農場」に関するものだ [Link]。

 数百、数千という大量のスマホを使って、SNSのアカウントを操り、投稿の閲覧数・「いいね!」、アカウントのフォロワー数などを水増しする行為を、ビジネスとして組織的に行なっている。スマホの中身がラックに並べられ、スパコン並みに冷却され、24時間365日稼働し、「偽りの評判」を作り上げている。

 海外にスマホ農場やこのようなビジネスがあることは聞いていたが、今回の特集によると、筑波にも同様の施設があり、依頼の数は数千万から数億、そして数十億円も稼いでいるという。

 ゾッとするような話だが、これが今のSNSの現実だ。私がTwitterを始めた時の、あの牧歌的な空気はどこに行ってしまったのか。

月曜日, 6月 15, 2026

下関からDC

  6月の1,2週目は弾丸出張だった。国際会議ICSD2026招待講演のため、6/1に新幹線で下関に移動。6/2に無事に発表を終え、翌日6/3に台風の中、新幹線で羽田に移動(飛行機で移動の予定だったが、台風のため欠航)。何とか遅れながらも飛行機は飛び、ワシントンDCへ。

 ワシントンDCのイベントはジョージワシントン大学のもので、知人のMattに依頼されて快諾したものだった。時差ボケで万全とはいえないが、何とか発表とパネルディスカッションをこなした。翌日6/5にMattとランチをして、急足でスミソニアンを見て、LA経由で羽田に戻った。

 「修行か」と思うほど体に無理をさせたが、引き受けなければ、きっと一生後悔したと思う。せっかくUCLAとIUで磨いた「あの感覚」を、日々の忙しさですっかり無くしかけてて、ようやくその感覚の尻尾を掴んだ気がする。そして、もしこの無理をこなす気力と体力がなくなったら、科学者として現役引退が近いのだと思っている。

 面白くなるのはまだまだこれから。Stay green!

火曜日, 5月 19, 2026

50

 昨日で50歳になった。「光陰矢の如し」というが、本当にその通りだ。

 昨日は、都立大のN先輩がフェローを務めている会社で講演をした。忘年会の時に先輩に、「ぜひ講演会で話して」とお声がけいただき、それが実現したかたちだ。

 先輩はドイツで研究されていたので、たまに帰国した時に会うぐらいで、在学中にはあまり接点がなかった。しかし同期からは、「いかにすごい人か」というのは聞いていたし、穏やかな話し方の奥に潜む真の強さやその行動力から、憧れの存在だった。

 そんな方にお声がけいただいたら、もちろんお引き受けしないわけにはいかない。講演に対する鋭いコメントも沢山いただき、私にとっても刺激的な時間だった。また、先輩の会社の事業内容の説明を受けたり、製品を見学されていただいた。

 夕食もご一緒させていただいて、先輩がどのようにして、フェローとして成果を求められるプレッシャーと向き合い、部下たちと仕事をしているのかなど、お話をうかがうことができた。その内容は、大学でPIをやっている自分にも重なり、参考になるものだった。

 大学にいると、ついつい世界が狭くなってしまう。先輩の行動力を見習って、自分から異質な人に会いに行くことをしないと。色々と生びの多い節目の日になった。

(子どもたちから、メッセージアプリに「誕生日おめでとう」が届いていて、それもうれしかった)

火曜日, 4月 28, 2026

つつじの頃

 倅少年が生まれて、八事日赤の病院まで面会に行っていた頃、山手通りのつつじが綺麗に咲いていた。つつじが咲き出した頃は長袖だったが、枯れる頃には半袖短パンになり、すっかり初夏の暑さ。見頃なのは一週間ぐらいだろうか。

 コロナになり、東山キャンパスから学生たちが消えた頃、やはりつつじが咲いていた。滝の水住宅から大学まで、山を越え谷を越えして自転車で通っていた。つつじの白とピンクがちょっとした癒しだった。誰もいない居室や学生室で、一人黙々と作業してものだった。

 住宅のつつじを見ると、名古屋のこれらの記憶が蘇る。きっと、もっと、時間がゆっくりと流れていたのだ。