日曜日, 8月 31, 2025

小田急線のある風景

  研究室の学生が「日本行動計量学会」で発表をするため、会場である専修大学生田キャンパスに向かった。学生の発表は午後後半だったので、生田駅で下りて街を散策した。生田には、学生時代にお世話になったいわき市の潮寮があり、思い出が詰まった特別な場所だ。

 生田駅の周辺はは、建物こそそれほど変わっていないものの、お店はすっかり変わってしまっていた。学生時代によく行った箱根そば、マクドナルド、本屋さん、TUYAYA、カラオケ屋さんはなくなり、別の店になっていた。あれから25年以上たつのだから、無理もない。

 坂道を登って潮寮まで歩いた。今はどのぐらいの学生たちがここに住んでいるのだろうか。僕が学生の頃は、いろんな大学・専門学校に通う人たちがいて、とても活気があった。当時、エアコンが部屋についていたかどうか定かではない。共通の自習室があって、夏はそこか、近所のファミレスで試験勉強をしていた。

 あの頃は、時間なんて無限にあって、いくらでも好きなことができる気がしていた。けれど月日が流れ、それは錯覚にすぎなかったと気付かされた。実際には、大勢の誰かが頑張ってくれていたおかげで、元気玉のように時間が僕に注がれていただけだったのだ。

 潮寮の裏側の階段を降りると、明治大学の入り口で、その前のローソンはよく行った。すでにそのローソンはなくなり、セブンやファミマが近くにできていた。階段から見える小田急線の風景は僕の日常だった。懐かしい。

潮寮
潮寮。4年生の時、奥の建物の3F右端の部屋に住んでいた。


寮からローソン(当時)に行く階段から見える風景

 

土曜日, 8月 09, 2025

ウォーリーを探せ

  昨年、私と五十嵐さん(名大)で作成したJ-LIWC辞書の商業利用のロイヤリティを企業からもらい、二人で分けた。そして、私は東工大(現 東京科学大)に、五十嵐さんは名大に全額を寄付した。そうすることを、もともと[この論文]の中で約束していたからだ。

All royalties given to TI and KS for the commercial use of the J-LIWC2015 dictionary will be donated to Nagoya University and Tokyo Institute of Technology.

 寄付のお礼として、自分の名前がはいったブロックが、東京科学大のどこかに設置されたことは知っていた。しかし、どこにあるのかは知らされていなかったし、自分から探すこともしなかった。

 昨日、学生が大学図書館の入り口にそれがあることを発見し、写真を撮ってくれた。自分ではぜったいに見つけられない、ウォーリーを探せ状態。そして、すっかり忘れていたので、「思わぬ再会」といった感じ。

 左下には、ノーベル生理学・医学賞の大隅良典先生のお名前がある。日経の記事によると、「大隅良典記念基金」を設立するために、ノーベル賞の賞金相当の1億円を寄付したのだそう。

 後進を育てるために1億円を寄付する、という科学者の模範のような行為を目の当たりにすると、論文を何本出したか、国際会議でどれだけ発表したか、研究助成をいくら獲得したかを競うことなど、どうでもよい些細なこと、そして研究者のエゴに思える。

 科学という営みを絶やさず、発展させるということが最も大事なことだ。





日曜日, 8月 03, 2025

スローダウン

  昨日の補講で2Qの授業が無事終わり、ずっと続いていた過密スケジュールが一区切りついた。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではあるが、2Qは新設授業(ビジネスデータサイエンス)だったため、講義資料・演習問題を準備する締切が毎週あり、膨大な数の会議・雑用をこなしながら、そのための時間を確保するのに苦慮した。

 ただ、授業準備のために、新しい教科書を読んだり、プログラムを書いたりといった作業はとても楽しかった。知らない間にPythonが進化していて、自分が勉強した頃にはなかった機能が追加されていた。知らなかったことを学ぶのは、いつだって楽しい。

 さて、差し迫った締切のタスクをこなすのに忙しすぎて、自分が置かれている状況、やりたいこと・やらなきゃいけないことを整理することもできていなかった(誰に褒められるわけでもないが、タスクはきちんとこなした)。少しスローダウンして、自分を見つめなす時間が必要だろう。