土曜日, 2月 21, 2026

ピッツバーグ

 2/16-21の日程で、富士通アメリカの研究所とカーネギーメロン大学(CMU)があるピッツバーグに行ってきた。日本から直行便がないので、行きは成田→シカゴ→ピッツバーグで、帰りはピッツバーグ→ニューヨーク→羽田。乗り継ぎも悪くて、時間がかかった。実際に現地にいたのは3日だけ。

 今回は、富士通との共同研究の打ち合わせと、CMUの3名先生と顔合わせをして、情報交換を行った。今回の海外出張は、前からとても楽しみにしていた。9月にIUを再訪したときが、あまりに良すぎて、同じようなことになるかなと期待していた。

 しかし、現実は違った(あれはIUという思い出の場所と、Filの人柄のなせる業だったのだな)。事前にもろもろ仕事は片付けて、打ち合わせに集中しようとしていたが、なかなか事務仕事は片付かず。それどころか、現地にいってから増える一方だった。日本との時差が14時間あるので、ピッツバーグが夜の時、日本は昼。通知をオフにしていても、じゃんじゃかSlackの通知が真夜中に飛んできた。

 寝る時間なので返信する義務はないのだが、トラブルに関する投稿が来ると、ついつい見て対応してしまう。主任が回答しないことには、物事が進まないのだ。見てしまうと、見なかったことにはできないので、眠れなくなる。かくして、体内時計をうまく調整することができず、今回は体力的には絶不調(風邪気味でもあった)。

 出張期間中に計算社会科学会大会の論文投稿の締切もあり、今回は自分も久々に発表するので、自分の原稿を書きつつ、学生・ポスドク計9名の論文を確認して、コメントした。これだけ人数がいると、ざっとの確認でもかなり時間がかかり、帰りの機中で、時々切れるWIFIにやきもきしながら、作業を終えた。

 有意義ではあったけど、思ってたんと違う海外出張になった。

月曜日, 2月 09, 2026

終わりの始まり

  久しぶりに小説を1冊読み切った。 「平場の月」という小説で、50を過ぎた大人の恋愛が、緻密な描写と構成で描かれている。年齢が近いことや、自分が住んでいる辺りが小説の舞台なので、とてもリアリティを感じる。堺雅人と井川遥が主演で映画にもなっている。

 中江有里が執筆したこの小説の巻末解説に、「50は終わりの始まり」というような表現があった。この言葉がグサリと刺さった。そうなのだ。すでに自分は人生を折り返している。「年をとったな」という漠然とした感覚はあったが、こうして文字にされると切迫感がある。

 今「若者」と呼ばれている人たちも、確実に年を取り、50になる。加齢という不可逆現象は、誰もが等しく経験するもので、避けることはできない。感受性お化けだった10代、体力お化けだった20代と30代、体にガタがくる40代、そして、酸いも甘いも経験して成熟した50代に突入する。

 しかし、これは必ずしもネガティブなことを意味しない。残り時間が限られているからこそ、それを有効に使おうという気持ちにもなる。自分が本当に好きなこと、これまであきらめていたこと、まだ経験したことがないこと、やれることを今始めないと、きっと大きく後悔する。

 今年、私は50になる。さて、残された時間に私は何をしたいだろうか。やりたくないことに時間を使っている暇はない。やりたいことは溢れている。まずは過去一太った体を引き締め、筋肉に自信をつけるところから始めるか。シックスパックの科学者。そんなナイスボディーがバックパックにMacbookを入れて、フットワーク軽く世界中を飛び回って、すごい研究をする。いいじゃないですか。

月曜日, 2月 02, 2026

心臓破りの丘を超えよう

  これはB'zのRUNの歌詞の一部だ。「心臓破りの丘」とは、ボストンマラソンの20マイル付近にある長く急な上り坂のことで、「ここが踏ん張りどころ」を表すときに用いられる。この4Qは、まさに自分にとっての心臓破りの丘だったのではないかと思う。

 先週で2025年度の授業が終わった。暗いうちに家を出て、冷たい風が吹く中駅へと自転車を飛ばし、電車が止まってくれるなと祈りながら、8時にはキャンパスに着くように向かう。辛いといえば辛いが、朝一という清々しさもある。これで、寝坊・遅刻せずに、土曜一限に大学へ行って講義をするプレッシャーからは解放された。

 2025年度は、新しい授業を2つ立ち上げたので、その準備もなかなかの苦労があった(いい勉強の機会になったが)。本来なら腰を据えて時間をかけたいところだが、こういう時に限って主任業務が増え、加えて、2つの大型研究プロジェクトを同時並行で進めなければならなかった。ポスドクや学生の指導、各種依頼業務も途切れなく舞い込む。気がつけば、常に何かに追われている状態だった。

 きついと思いながらも、とにかく目の前の仕事を片付けていくしかなかった。しかし手は抜かず、着実にこなした。主任の任期は2か月を切り、肩の荷がおりてきた感じはする。今年は50歳の節目を迎える。これまで自分は十分よくやった。今度は自分のために走る番だ。荒野を超えよう!