月曜日, 2月 16, 2009

脳は奇跡を起こす

 久しぶりに面白い脳科学の本を読んだ。本書は、ノーマン・ドイジ著「The Brain That Changes Itself」の抄訳(たぶんオリジナルの10章が訳されてないのと、参考文献がカットされている)。著者は精神科医(かつ作家)で、脳の可塑性にまつわるエピソードを集め、わかりやすく解説している。1つも絵がないのに、文章を読むだけで内容がすっと頭に入って来るのだから、この腕前はたいしたものだ(訳が読みやすいのも良い)。専門用語もきちんと説明されているので、消化不良になることはない。目次は以下の通り。
  1. ひっきりなしに転ぶ女性—平衡感覚を失った患者の物語
  2. 脳と体が「非対称」の女性—自力の訓練で学習障害を克服する
  3. 脳の地図を書きかえる—可塑性研究の第一人者、マーゼニック
  4. 性的な嗜好と愛—ネットポルノ中毒に苦悩する男たち
  5. 絶望の淵からの復活—脳卒中患者たちを救ったCI療法
  6. 脳の“ロック”を解錠する—シュウォーツと強迫性障害の患者たち
  7. 腕がない男の消えない痛み—「幻肢痛」を絶ったラマチャンドラン
  8. 想像が脳の構造を変える—パスカル‐レオーネと脳内訓練の威力
  9. 記憶の“亡霊”と決別する—記憶と感情をなくした男性の物語
  10. 脳は「部分の集合体」を超える—脳が半分しかない女性の物語
 脳機能については、局在派 vs. 可塑性派という構図をとることが多い。前者は、脳の1つの場所にはただ1つの機能があり、それは固定的だと考える。この立場をとると、例えば、事故で言語野を損傷したら、言葉を回復させるのは一生不可能ということになる。後者は、脳はみずからの経験に基づいて常に再構成され、子供はもちろん、大人でさえもそれは起きると考える。この立場では、事故で言語野を失ったとしても、トレーニングを積むことで、他の脳部位が言語機能を代替しうるということになる。そして実際は、後者を支持する事例はたくさんある。
 ラマ・チャンドランが、ミラーボックスを用いて幻肢(事故などでなくした足や腕に痛みを感じる)を治療した話(7)は有名だ(cf. 脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)
)。その他にも、アブノーマルな性的嗜好の話(4)、脳梗塞から見事に復活した人の話(5)、半分しか脳が無かった人の話(10)など、興味深い臨床例が紹介されている。脳の可塑性がなければ、いづれも起こりえないことだ。
 たくさんの脳のデータを持ってきて、それを平均値と分散で語ろうとすると本質を見失う。むしろ、こういった特異と思われる事象をきちんとみることこそ、脳をわかる近道なのではないか。

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