ところが3人の査読者のコメントは、「これに関する記述は無意味などころか混乱を生む」というものだった。さらには「内容がテクニカル過ぎる」とか「標準的な用語を使え」とか。あぁ、生物学とはかくも保守的な分野なのか。
理論生物学の雑誌に再投稿した方が良さげだが、「大幅に書き直して再投稿すれば、見てやらないでもない」的なことが書かれていて、このまま引き下がるのもしゃくなので、解析を完璧にやり直して、査読者のコメントに全部答えてやる。それで落ちたらそれまで。
やられたらやり返す。倍返しだ。
やられたらやり返す。倍返しだ。
このメールが届くと慌ててエアコンを切り、電化製品の使用をできるだけ避けるようにする。酷い時には、登校した直後にこのメールが届くこともある。まだ何もしていない...。東山地区構成員各位只今、東山地区の電力デマンドは、上限電力値を超過しています。13:10 15,720kw
人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く、恐怖と共に老いる。
希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。
D. Lipkind, G. Marcus, D. Bemis, K. Sasahara, J. Nori, M. Takahasi, K. Suzuki, O. Feher, O, P. Ravbar, K. Okanoya, and O. Tchernichovski (2013), Stepwise Acquisition of Vocal Combinatorial Capacity in Songbirds and Human Infants, Nature研究の経緯や、一度リジェクトされてから受理に至るまでの経緯はGary Marcusが記事[Link]を書いているので、そちらを参照。とてもうまい記事なんだけど、これを読むとまるで僕ら日本人は何も貢献していないように見える... orz。
「... 彼らはただ、後世の研究者の役に立つだろうと考えて、自分が見たものを忠実に記録していた。」
「こうした姿勢こそが科学の土台になるのです。最終的にどのような結果になるのか、気に病んだりしないのです。」こういうスローな科学もお金の問題はつきまとうのだろうが、目先の成果を気に病むのというのとはスケールが違う。現行の研究費のシステムで僕も勝負しなければならないので、短期的成果と中長期的成果の両方を視野に入れて、お金の問題は戦略的に取り組まないといけない。科学的探求のために。
お:(僕が読んでいる本を見て)「コミュニケーション学の本ですか。」吐き捨てるように最後の言葉残し、一方的に会話を終了させて去っていった。
僕:(びっくりして)「ええ。ソーシャルメーディアを介したコミュニケーションに興味があるんです。」
お:「コミュニケーションの目的とは何ですか?」
僕:「... いろいろですね。」
お:「それじゃ何の意味もないな。」
僕:「... そんなことないですよ。」
お:「あなたにとっちゃね。」
K. Sasahara, Y. Hirata, M. Toyoda, M. Kitsuregawa, and K. Aihara, Quantifying Collective Attention from Tweet Stream, PLoS ONE 8(4): e61823, 2012研究や論文執筆の苦しさが報われる瞬間です。苦労の度合いで言えば前作の方がはるかに大変でしたが、この論文も泥臭い作業を粘り強くやって出版までこぎつけました。