甘酒は「飲む点滴」とも言われる。ブドウ糖とビタミンが豊富で、消化・吸収が良い。疲れた体にはこれが一番。飲むとからだがポカポカし、ほどよい糖分で頭がスッキリする。
甘酒が好きなのだが、作るのは手間がかかるし、パック入りのものは結構お値段がする。最近ドラックストアで粉末タイプの甘酒を見つけた。お湯を入れたときの溶け具合もまあまあ。これは良いと、同商品の業務用をアマゾンで購入した。
ホットでも良し、アイスでも良し。甘酒で1月を乗り切る。
久しぶりに、締切に追われない年末年始を過ごしている(休みが明ければ、やること山積だが)。子供たちもじーじ、ばーばと会えて、うれしそうにしている。
2024年は辰年で、私は年男。実り多い年にするぞ、と気持ちを新たにした。そんな矢先、元旦の能登半島地震が起きた。テレビでアナウンサーが「逃げてください!」と叫ぶ様子に、息子も普通じゃない空気を感じたようだ。事態の深刻さが明らかになるにつれ、3.11の記憶ともリンクして、大変なことが起きたという実感が沸いてきた。
被災された方々には、心からお見舞いを申し上げます。Yahoo基金がすぐに緊急支援募金のサイトを立ち上げてくれたので、少しではありますが募金しました。1月3日 0時時点で7億円を超え、善意が続々と集まっています。一日も早く困っている現地に人に届けば良いなと思います。
そして1月2日には、JAL機と海上保安庁機が衝突し、能登半島地震対応で物資を届ける任務についていた職員5名が命を落とすという痛ましい事故が起こりました。あまりにも痛ましい事故で、言葉になりません。心からからご冥福をお祈りいたします。
2024年が始まってたった2日で、1年分以上の不幸があったような感じがします。世界に目を向ければ、戦争をしている国があって、収束の気配もない。しかし、これが我々が生きている時代。目を背けることも、逃げることもできない。
2013年の自分は何をしていただろうか。ブログ記事を読み返してみると、焦燥感にかられた自分がいた。その焦りや不安を消すために、滝ノ水公園を夜な夜な走っていた記憶がある。
ポスドクから上がり、名大に定職を得て2年目。同期やもっと若い研究者は、どんどん成果を上げていた。どうがんばれば成果が出て、それがどのように評価され、みんなに認知してもらえるのか。その仕組みについて無知だったし、がんばり方がわからなかった。それを教えてくれる人もいなかった。
しかし今思えば、自分で困難を乗り越える経験を積んだことが、研究者としての体幹を鍛えることにつながった。無駄ではなかった。
10年後の2023年。これまでにがんばってきたことが、成果として花開いた感覚がある。成長のS字カーブの急峻な立ち上がりのあたりに、つま先立ちしている感じ。あるいは、伏線を一気に回収した推理小説のラストシーン。
やるべきこと、頼まれたことを、投げ出さずに、愚直に、丁寧にやってきた。きっとそれをちゃんと見ていて、評価してくれた人がいたのだ。「努力が報われる」ためには、才能はもちろん重要だが、それだけでなく、応援してくれる仲間が必要だ。僕はその点で恵まれていた。
10年前の自分に言いたい。「大丈夫、努力は報われる」と。
院試業務、講演、取材、各省庁とのやりとり、複数のプロジェクト(CREST、富士通、SSI)、授業(東工大、東大、早稲田)、監訳の仕事...と、1日も休めないような状態がほぼ2ヶ月続き、体も心も悲鳴をあげていたが、何とか乗り切った。これで無事に2023年を越せそうだ。
去年の今頃は、本の執筆(「ディープフェイクの衝撃」)に追われていて、大晦日の紅白を見ながら脱稿するという経験をした。確かにあれも大変な経験だったが、少しずつ完成に向かって進んでいる感覚が活力になった。
今回はそれとはだいぶ異なる感覚で、あと1ヶ月過密スケジュールが続いたら、間違いなく心がポッキリ折れたと思う。普通の人よりは精神的にタフである自信があるが、何かに追われる日々を2ヶ月続けたので、「これはやばい」という防衛の感覚が自分の中に芽生えた。喉を痛めてから、ずっと体調も回復せず、体を騙し騙し授業を乗り切った。
最近は引き受ける仕事は吟味して、断るべきは断るようにしている。自分が無理をしたところで良いことは1つもなく、結局は相手にも迷惑をかけてしまうことになる。自分が楽しく仕事ができることを最優先する。それが結果的に誰かの役に立つことにつながる。
A First Course in Network Science(Cambridge Univ. Press)の邦訳版「ネットワーク科学入門:Pythonで学ぶデータ分析とモデリング」が1月4日に発売予定です。この本はネットワーク科学の基礎から応用までを網羅し、Pythonのコードを用いて学ぶことができる本格的な入門書です。
日本の第一線で活躍するネットワーク科学の研究者たちが翻訳を担当し、私が監訳を務めました。ネットワークを学び・使いたい学生や研究者にとって、有用な参考書になると思います。ご活用いただけると幸いです。2週間ぐらい遅れてKindle版も出ます。
ちなみに表紙のネットワーク図は私が描いたものです。
2024年4月1日付けで東京工業大学環境・社会理工学院の教授に昇進することが決まりました。通過点の一つにしか過ぎませんが、うれしく思います。ここまでこれたのも、多くの方々のサポートのおかげだと思います。私の先生たち、両親、家族、同僚、スタッフ、友人、学生たちに感謝したいと思います。
2005年に学位をとってから、理研の研究員を2年、学振PDを3年、合原FIRSTの研究員を1年ちょっとやりました。学振PDの最終年には、次の仕事が決まらないのではないかというピンチも経験しました(過去のブログ記事を見直すと、その時の切実な心情が蘇ります)。
その後、2012年6月に名大情報の助教として着任して、2017年に講師に昇進し、2020年8月まで8年ちょっと務めました。そして、2020年9月に東工大MOTの准教授として異動し、4年目に突入したところで、教授昇進が決まりました。
47歳で国立大学の教授になるということになります。日本の大学教授の平均年齢が57.6歳ということなので、それよりは若いですが、さきがけの同期はとっくに教授になって、活躍している方ばかりなので、私はようやくスタート地点です。
横綱級の仕事依頼が舞い込み、面白い個性的な学生たちが研究室に集まるようになり、忙しいながらもやりがいがある状態です。65歳で定年を迎えるまでに、何をなしとげることができるのか。自分に賭けてみたいと思います。
「やりたいことをやるために、やりたくないことはやらない」ではなくて、「やりたいことをやるために、その10倍のやりたくないこともやる」。そいういうマインドセットでないと、大学教員はやっていけない。
もちろん、そうがんばっているが、キャパシティーオーバー気味。取材も執筆の依頼も極力遠慮しているのだが、気がつくとカレンダーは余白がない。
この11月を乗り越えれば...(10月もそうして乗り越えたのだが)。ケセラセラ。きっといい12月がやってくる、はずだ。
いつもは土曜授業なので、子ども運動会に出ることがあまりできなかった。今年はたまたま、10/28(土)は大学の学祭のため休講だったので、運動会で倅少年が走ったり、踊ったりする姿が見られるぞと、楽しみにしていた。
倅も倅で、パパが見に来るというので、はりきって練習をしていたらしい。子どもにしてみれば、父親が見に来るというのは特別なことなのかもしれない。確かに、自分も子供の頃は、自分が頑張っている姿を父が見てくれるのは、何よりもうれしかった。
しかし、子ども送り出した直後から、住んでいる地域一帯だけが局所的豪雨になり、小学校の校庭もドロドロになってしまった。まもなくして、延期のお知らせが小学校から来た。
延期になると運動会は平日開催になるので、すでにパンパンに予定が入っている私としては、参加することができない。昔はもっと時間に余裕があったのだが、今は1日休むと、それだけで仕事が立ち行かなくなる。
倅少年は学校でてるてる坊主を作ったそうだ。天気よ、異常気象よ、延期した運動会の邪魔をしてくれるな。運動会のために、息子もその他の小学生たちも一生懸命練習してきたのだから。
溺死寸前の忙しさだった10月2週目が過ぎた。当初は、乗り切ったら達成感のようなものを感じるかと思っていたが、「無難にこなした」というのが正直な感覚。いや、年をとって私の感覚が鈍ったのか。
昔、いつか食べに行こうと妻と話していた相生山の焼肉店は、いつの間にか潰れてしまい、その約束は果たせぬままだった。東京に引っ越した時は、コロナ禍の真っ只中で、焼肉を食べに行くどころではなかった。
週末に近所にある、食べ放題ではあるがワンランク上の焼肉屋「ワンカルビ」に家族で行って、たらふく美味しい肉を食べてきた。店に着いた時点で10組以上待っていて、かなり待たされたが、これがまた食欲増進につながった。
分厚いステーキ肉をじゅうじゅう焼いて、チョキチョキ一口大にカットして、甘めのタレをつけてパクリ。普段食べられないような肉を次から次へとオーダーし、一つも残さず平らげた。赤身のうまいことよ。
それなりのお値段するのでもとなんてとれないが、家族で行っても、金額を気にすることなく高級肉を堪能できる。ワンカルビ、おすすめ。
それ見ていた娘が兄を羨ましがり、自分のノートパソコンが欲しいと言い出した。しかし、そう都合よくお古のパソコンはないので、「もうちょっと大きくなったらね」と言い聞かせた。
そしたら、折り紙で何やら不思議なものを作り、それをパチパチしていた。どうやら、ノートパソコンに見立てて、遊んでいるようだ。
そんな娘が作ったノートパソコンを一台もらった。
「パパ。これあげる。」
紙のように軽く、静音で、CO2も排出しない。型落ちしたら、土に還る。Macbook Airなんて目じゃない、究極のエコPC。これで仕事はできないが、仕事をやるモチベーションをくれる。
「ありがとう。こっちも、パソコン?」
「これはお手紙。」
そこには「パパ」と書かれていた。鉛筆の持ち方なんて教えたことないけど、兄がやっているのを見て覚えたようだ。 成長している。
入試業務から解放されてからは、完成に向けて、ある本の監訳作業に集中していた。合間に会議や学会や講演が複数あって、その度に作業を中断しなければならなかった。間が開くと感覚が失われ、作業効率が落ちた。
本業でないとはいえ、出版社からは「いつ終わりますか?」というプレッシャーをかけられる。本の場合、執筆作業であれ、翻訳作業であれ、徹夜して「えいや!」では終わらない。
マラソンに似ている。やる気満々でスタートするが、途中で中弛みする。なんとか自分を鼓舞して前へ進み、心臓破りの丘に差し掛かると、ゴールは永遠に来ないのではないかと、絶望のズンドコに落ちる。外部からの叱咤激励で立ち上がり、満身創痍で前へ進む。ゴールするイメージが膨らんでくると、加速度がつき、一気にゴールする。
校正原稿の作業がまだ待っているが、一番大変な作業は終えた。さて、次は授業の準備だ。
M先輩の呼びかけで、都立大高エネ研のメンバーが集まった。こうして対面で集まって飲むのは、6年ぶりぐらいだろう。前回は高尾山のビアガーデンで、カピカピの焼きそばを食べながら飲んだ。
今回は秋葉原のお店に集合し、思い出話をつまみに、美味しいクラフトビールをいただいた。卒業してから20年以上が経った今も、こうして集まれるのって、とても幸せなことだ。
「お前、変わらないな!」
「お前もな」
自分も気がつけば47。みんな、企業や大学や研究所で、責任のある立場で頑張っている。ここに集まるまでに、自分も、みんなも、いろんな苦労を乗り越えて、今ここでビールを飲んでいる。不思議な感覚だ。
研究室で、みんなでバカなことをしていたあの頃を懐かしみつつ、こうして同期と再会し、語り合えたのは、この夏休みの最大のギフトかもしれない。来年も、元気で会いたい。
(久しぶりに飲みすぎて、どうやって家に帰ったのかよく覚えていない...)
しんどい作業だった。詳細を明かすことはできないが、院試に関わる雑用をここのところずっとやっていた。何をそんなに時間をかけることがあるのか、と思うかもしれない。1つの間違いも許されないので、チェックし、ダブルチェックし、トリプルチェックしていると、いくらでも時間は溶けていく。
名大でも入試実施委員長を担当したことがあるが、複雑系科学専攻はプロトコルが確立していたので、マニュアルの通りこなせばよく、教務には入試専門の職員もいてサポートしてくれた。大変だったとはいえ、今思えばはるかに楽だった。
現職場はとにかく入試が多い。夏は修士向けに2回、博士向けに1回。さらに、冬に修士と博士がそれぞれ1回。加えて、入試説明会。オールシーズン入試の仕事をしている気がする。どうやって工数を減らしつつ、ミスなく入試を実施するのかの改革が必要だろう。さもなくば、研究する時間を捻出することはできない。この時期には、レポートの採点やPJ発表会、中間発表会などもあり、体調をこわしたらそれでアウトになる。
何はともあれ、院試業務は無事に終わった。ようやく夏休みだ。休めるという意味ではなく、研究に使える時間が少し増えるという意味だ。
「今年の暑さは全然違う。」みなが口々に言っているが、データもそう言っている。CO2の増加による地球温暖化は、私が小さいころから聞かされている話だが、いよいよ地球は待ったなしの状態に突入したのだろうか。