お笑いコンビ・元「和牛」の川西賢志郎さんと対談しました。 社会課題を扱う企画で、フェイクニュースを題材にお話しする機会をいただきました。気さくなお人柄であると同時に、表現者としての感性がとても鋭い方だなと思いました。ご笑覧ください。
可視化過多時代のSNSのこれまでとこれから|川西賢志郎が知りたい!“フェイクニュース”について
計算社会科学の第7回目の講義が終了した。新規に開講した講義のため、毎週スライドを一から作成する必要があった。東大で同名の講義を担当していたので素材はあるものの、内容の古さや学問の進展もあり、実質的にはほぼ作り直した。
2Qの「ビジネスデータサイエンス」も新規開講で、毎週スライドを作る忙しさは同様だったが、あのときは負荷を感じなかった。しかし、夏休み期間中もイベントが目白押しで、心の準備ができないまま始まった3Qは、正直こたえた。
この「こたえた」理由の中で、院試対応の比重は小さくない。しかし先週、社会人入試も無事に終わり、主任としての最大の山場は越えた感がある。大きなトラブルなく主任業務をこなしつつ、これからは研究にギアを入れていく。師走が来る。
この温泉はもとは村の保養センターだったそうだが、温泉道場に経営が変わってから、昭和レトロをコンセプトに、今のような形態になったそうだ(「地域を沸かす」というこの企業の理念のはセンスがよいですね)。
お風呂は、もともとの内風呂と後から作ったであろうと展風呂の2つだ。泉質は少しトロっとした感じで匂いはない。泥パックがおいてあって、子供たちがむらがってパックしていた(若いので必要ないと思うけど)。
施設内には昭和時代のモノがたくさんあって、懐かしい感じがする。「懐かしい」と表現したが、私も昭和最後の方の生まれなので、実はこんな風景がかつてあったかどうかは、記憶にない。なので、子供たちとっては、「レトロ」ではなく「モダン」なんだと思う。
食事メニューも昭和を意識していて、揚げパンなどの当時の学校給食のメニューがあったり、金魚鉢パフェがあったり。食事メニューはどれもおいしそうで、私は季節限定のきのこたっぷりご膳、妻は親子煮御前、息子は豆乳うどん、娘はお子様カレーをいただいた。どれもおいしかった。
お目当ては紅葉はあまり見られなかったが、ちょっとした小旅行を感じるお出かけだった。
やらなきゃいけないことは山積、雑務と雑務の間にかろうじて仕事をしている感じがして、気分もよくない。そんな中、目に留まったのが本書「とっぱらう―自分の時間を取り戻す「完璧な習慣」(ジェイク・ナップ (著), ジョン・ゼラツキー (著), 櫻井祐子 (著))」。
「多忙中毒」と「無限の和泉」。私がはまっているのもこれだ。紹介されている技はいちいち納得がいくものだ。まだ読んでる途中だが、参考になった行動をメモする。
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| Filと私 |
これまでにFilはすごい数の論文を書いているが、自他ともに認めるワーカホリック。床にノートパソコンを置いて作業しているFilの写真が映し出され、「これは結婚式直前です」と。会場は爆笑に包まれた。国際会議の締め切りがあると、早朝まで学生と議論しながら論文の作業をすることもあったそうだ。
私はFilとIUに関する3つの思い出を語った後、XFinch実験の最新結果について発表した。それほど発表練習もしなかったし、他の発表者のように面白く話せるかだろうかと、内心心配していたが、いざ発表が始まるとスラスラと言葉が出た。Filからはたくさんのことを学び、本当に感謝しているので、心の底で思っていることを言葉にするのに苦労はなかった。
10年後の私は今のFilとほぼ同じ年。彼のようなスーパースターと比べるべくもないが、少しでもFilに近づけるように、彼の背中から学んだことを実践していきたい。
Filの60歳のお祝いのワークショップで、久しぶりにIUに来ている(ワークショップについては、別の投稿で)。ずっとBタウン(ブルーミントン)を再訪したいと思っていたけど、コロナ禍になったり、大学を異動したり、大型プロジェクトに関わることになったりと、状況的にも、気持ち的にもできずにいた。
ワークショップの前日夕方にBタウンに着いたので、ホテルにスーツケースを置いて、昔住んでいた頃に行った店や場所を散策した。道を挟んでホテルの反対側には、私も妻も大好きだったThe Butcher's Block(プルドポークは絶品)やしばしば行ったスタバ(一番行ったのは、Krogerとブルーミントン南高校の近くの店舗)がある。
そして、新たにオープンしたFresh Thyme側からカレッジモールの中に入り、たまの贅沢だった中華料理屋Judy'sキッチンやTargetがあることを確認した。Target側は空きスペースが多く、少し寂しい感じになっていた(改修工事をするのだろうか)。残念ながら、倅少年にRodyを買ってあげた玩具屋さんはなくなっていた。
ここまで来たら行ってしまえと、Covenanterまで足を伸ばした。昔住んでいた部屋はまだあった。ここには家族三人の思い出が詰まっている。明日もここからIUに通っても不思議ではない気がするのだが、もうここには住んでいないのだな、などと哀愁が込み上げてきた。ひとしきり写真を撮って、またカレッジモールに戻り(途中のショートカットの獣道は、車がない時に、ベビーカーを押して通ったものだった)、Judy'sキッチンで大好きだった麻婆豆腐を夕食にテイクアウトして、ホテルに戻った。具材は変わったが、相変わらずのうまさ。
ワークショップが終わったらインディーに移動して一泊する。翌日の飛行機が夕方なので、昼過ぎぐらいまでインディーを散策して、空港に向かう。家族でチルドレンズミュージアムによく行ったものだった。流石に一人で行くことはないが、雰囲気が好きだった図書館やカフェなどを再訪してみよう。
p.s. 飛行機は夕方だと思い込んでいたが、それはシカゴ-羽田便だった。スマホに届いた通知で、Indy-シカゴ便が14:25であることに気づき、慌てて空港に向かい、事なきを得た。
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| スタバとThe Butcher's Block |
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| 昔住んでいたアパート |
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| アパートの裏にはBBQの設備がある |
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| Kroger内のスタバ |
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| Judy'sキッチン |
標記国際会議に参加するために、2年ぶりにスタンフォードに来ている。今回は業務の合間に来ているので、本当にキツキツのスケジュール。9/22に9月卒業の学生たち送り出し、祝日を挟んで9/24は事務仕事を片付けて、飛行機に飛び乗った。
カリフォルニアのよいところは、9時間ちょっとで着くこと。ただし、日本の夕方に出発すると到着した現地はまだ朝なので、初日が異様に長い。しかもこの日は、日本時間の夕方にオンラインの講演と入試説明会の仕事があって、その対応をしなくてはならなかった。割り込みで新聞の取材や雑務もあり、自分の発表練習もままならなかった。
入試説明会を無事終えて、仮眠をとってフラフラの状態で学会に向かった。それでも、この学会は楽しい。通常のアカデミアの人たちだけがいる学会とは違い、企業や行政関係者も多い。話題もAI系の学会で耳にすることがないような話も多く、楽しい。CRESTのもとポスドクのDilにも会った。頑張っている姿を見るのは頼もしい。
あまり準備された発表とは言えないが、何とか自分の発表も終えた。会場からは2つ質問があり、その後のハッピーアワーでも、何人かの人に「あなたの発表面白かったよ」などと声をかけてもらい、議論をした。こういうのが楽しい。
ようやく慣れてきたかなと思ったら、今日が学会2日目で最終日。明日には、また飛行機に乗って日本に帰り、重要な主任業務。そして、10/2にはまた米国出張がある。とにかく慌ただしいわけだが、この状態に慣れるしかないのだろう。今日の学会を最大限楽しみたい。
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| キーノート |
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| Dilと再開した |
このたび、JST CREST(「人とAIの共生・協働社会を実現する学際的システム基盤の創出 」)に採択されました(5.5年, 2.95億)[リンク]。「信頼準備性(Trust Readiness)」という新概念を手掛かりに、ソーシャルAIの理論・技術を作り、社会実装に向けて実証実験を行います。
毎年、越前CRESTでは、軽井沢にあるNIIの施設で合宿をしていて(今年度で最後)、行くたびに、いつか家族で来たいなと思っていた。軽井沢チョコレートファクトリーと丸山珈琲ぐらいしか立ち寄れなかったので。
そこで、今年の家族旅行は2泊3日で軽井沢に行ってきた。旅行中ノートパソコンは開かないと心に決め、持参したのはiPadのみ。
初日の土曜は昼まで仕事があったので、午後から出発。軽井沢といっても、今回の宿は北軽井沢にあるコテージ(嬬恋なので、長野県ではなく群馬県)。コンビニで飲み物を調達して、宿の着いてすぐにBBQ。とても良質のお肉で、とても美味しかった。
二日目は、鬼押出し園に登った後、浅間牧場でソフトクリームと牛乳を楽しみ、細い山道と調渋滞を越えて、旧軽へ。ベーカリー&レストラン沢村でお昼を食べ、劇込みの旧軽井沢銀座を散歩し、沢村ロースタリー軽井沢で休憩。そして、夕食にそばを食べて、昼は劇込みで断念したハルニレテラスにあるトンボの湯に入って、コテージに戻った。
3日目は、子供たちが楽しみにしていた軽井沢おもちゃ王国で、一通りアトラクションを楽しんだ(もっとおもちゃに関係するのかと思っていたが、基本的には中規模の遊園地)。その後、白糸ノ滝を見て、軽井沢駅近くのアウトレットに立ち寄って、帰路についた。
この家族旅行のために仕事をがんばるのだと、自分に発破を掛けてやってきたので、1つ重要イベントが終わったという感じ。(この前後の仕事のきつさは過去一二を争うレベル)書きたいことはたくさんがあるが、またの機会に。
| Holiday Villaのコテージ |
| 鬼押出し園から見た浅間山 |
提出締切が続き、四方八方塞がりの日々は本当つらい。「やりたいこと」をまったくできないほどの「やらなくてはいけないこと」。逃げたところで自分の首を絞めるだけなので、レッドブルの力も借りて、ひとつひとつタスクを片付け、家族旅行前に最後の1つまでたどり着いた。
9月も中盤に差し掛かろうとしている。今月だけでも依頼講演が4件、学会発表1件。気が付いたら、カレンダーは予定でパンパン。2週連続で米国出張も控えている。「なにくそ、ここで死んでたまるか」と、体に鞭打って前に進む。
私の夏休みどこへ...。
研究室の学生が「日本行動計量学会」で発表をするため、会場である専修大学生田キャンパスに向かった。学生の発表は午後後半だったので、生田駅で下りて街を散策した。生田には、学生時代にお世話になったいわき市の潮寮があり、思い出が詰まった特別な場所だ。
生田駅の周辺はは、建物こそそれほど変わっていないものの、お店はすっかり変わってしまっていた。学生時代によく行った箱根そば、マクドナルド、本屋さん、TUYAYA、カラオケ屋さんはなくなり、別の店になっていた。あれから25年以上たつのだから、無理もない。
坂道を登って潮寮まで歩いた。今はどのぐらいの学生たちがここに住んでいるのだろうか。僕が学生の頃は、いろんな大学・専門学校に通う人たちがいて、とても活気があった。当時、エアコンが部屋についていたかどうか定かではない。共通の自習室があって、夏はそこか、近所のファミレスで試験勉強をしていた。
あの頃は、時間なんて無限にあって、いくらでも好きなことができる気がしていた。けれど月日が流れ、それは錯覚にすぎなかったと気付かされた。実際には、大勢の誰かが頑張ってくれていたおかげで、元気玉のように時間が僕に注がれていただけだったのだ。
潮寮の裏側の階段を降りると、明治大学の入り口で、その前のローソンはよく行った。すでにそのローソンはなくなり、セブンやファミマが近くにできていた。階段から見える小田急線の風景は僕の日常だった。懐かしい。
| 潮寮。4年生の時、奥の建物の3F右端の部屋に住んでいた。 |
| 寮からローソン(当時)に行く階段から見える風景 |
昨年、私と五十嵐さん(名大)で作成したJ-LIWC辞書の商業利用のロイヤリティを企業からもらい、二人で分けた。そして、私は東工大(現 東京科学大)に、五十嵐さんは名大に全額を寄付した。そうすることを、もともと[この論文]の中で約束していたからだ。
All royalties given to TI and KS for the commercial use of the J-LIWC2015 dictionary will be donated to Nagoya University and Tokyo Institute of Technology.
寄付のお礼として、自分の名前がはいったブロックが、東京科学大のどこかに設置されたことは知っていた。しかし、どこにあるのかは知らされていなかったし、自分から探すこともしなかった。
昨日、学生が大学図書館の入り口にそれがあることを発見し、写真を撮ってくれた。自分ではぜったいに見つけられない、ウォーリーを探せ状態。そして、すっかり忘れていたので、「思わぬ再会」といった感じ。
左下には、ノーベル生理学・医学賞の大隅良典先生のお名前がある。日経の記事によると、「大隅良典記念基金」を設立するために、ノーベル賞の賞金相当の1億円を寄付したのだそう。
後進を育てるために1億円を寄付する、という科学者の模範のような行為を目の当たりにすると、論文を何本出したか、国際会議でどれだけ発表したか、研究助成をいくら獲得したかを競うことなど、どうでもよい些細なこと、そして研究者のエゴに思える。
科学という営みを絶やさず、発展させるということが最も大事なことだ。
昨日の補講で2Qの授業が無事終わり、ずっと続いていた過密スケジュールが一区切りついた。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではあるが、2Qは新設授業(ビジネスデータサイエンス)だったため、講義資料・演習問題を準備する締切が毎週あり、膨大な数の会議・雑用をこなしながら、そのための時間を確保するのに苦慮した。
ただ、授業準備のために、新しい教科書を読んだり、プログラムを書いたりといった作業はとても楽しかった。知らない間にPythonが進化していて、自分が勉強した頃にはなかった機能が追加されていた。知らなかったことを学ぶのは、いつだって楽しい。
さて、差し迫った締切のタスクをこなすのに忙しすぎて、自分が置かれている状況、やりたいこと・やらなきゃいけないことを整理することもできていなかった(誰に褒められるわけでもないが、タスクはきちんとこなした)。少しスローダウンして、自分を見つめなす時間が必要だろう。
国際会議IC2S2 2025に参加してきた。今回はスウェーデンのノーショーピングで、首都のストックホルムから電車で2時間ぐらい。かつては織物工業の都市として栄え、現在はその時の工場群はリノベされ、観光スポットとなっている。
今回のIC2S2は、過去最大の約650名が参加した。私の研究室からは、ポスドク2名と博士学生1名がポスター発表をした。東工大に移籍してからは、毎年この時期に院試があるので、ほとんどフル参加することができなかった。今回は院試(A日程)が早く終わったこともあり、チュートリアル以外は参加できた。いろいろ仕事を抱えての出張であることは変わりないが、いつもよりは落ち着いて学会を楽しむことができた。
それにしても計算社会科学の分野の進展の速さには驚かされる。去年はLLMの活用はまだ手探り状態だったが、今年の研究発表では、LLMの活用はもはや当たり前の状態。かつて、機械学習も異分野進出が激しかったが、LLMはその比ではない。この変化は破壊的ですらある。来年はどうなっているのだろう。
IC2S2に参加すると、自分の原点をいつも思い出す。原点といえば、カンファレンスディナーの建物の前で、Oferと再開した。彼もこの学会に参加していたのだ。かつてBirdsongを研究していた時に、Oferからたくさんのことを学んだ。それは私がTwitterのデータ分析を始める前のこと。Oferは今はオンライン行動実験もやっていて、相変わらずエネルギッシュですごい。
来年のIC2S2は米国のVermont。いい研究をして、またこの学会に戻ってくるぞ。
6/6-8の3日間に渡り、CRESTの目玉となるXFinch実験の本番を実施した。XFinchというのは動画を共有するInstagramのようなSNSで、実験用のシステムとはいえモックアップではなく、本格的なSNSだ。
学生たちに協力してもらったテスト実験を2回、100人規模の予備実験1回を経て、1200人超の参加者による本実験。テストや予備実験で見つかった不具合を修正して臨んだが、本番では想定していなかった様々なトラブルが起こった。
しかし、それは最小限に食い止めた。SNSとして使えないほど動画が遅延したり、参加者の行動データの記録に失敗するといった、大きなトラブルはなかった。何とか本実験を無事終えることができた。プロジェクトのメンバーと議論を重ねてきたことが功奏した。
先日のCREST領域会議で、XFinch実験の予備分析の結果を報告した。今後、論文化に向けて分析を進めていく。これで、CRESTの申請書での公約を果たし、2020年から始まった5.5年のプロジェクトをクローズしていくことになる。言葉にできないほどの苦労がたくさんあったが、PIとして様々な経験を積むことができた。支えてくれた方々に感謝したい。
実験成功を記念して、Tシャツを作った。XFinchのキャッチフレーズは、「Blue bird is gone, but not in the blue sky」。何を言っているのか想像がつくだろう。
ビール好きだが、中でもIPAが特に好きだ。今のところ最高のIPA体験は、IndyでNetSciがあったとき、宿泊していたホテル近くのレストランで食べたバッファローチキン+IPAだ。酸っぱ辛いソースと濃く苦いIPAが最高に合う(あー、Bloomingtonに帰りたい)。
日本では長らく「インドの青鬼」ぐらいしか、自分に合うIPAがなかった。しかし近年、色々な国産IPAが出てきて、値段はだいぶするがご褒美にはもってこい。これまでに飲んで美味しかった、自分好みの国産IPAを紹介する。
「国立大学教授のお仕事―とある部局長のホンネ」(木村 幹 (著))という本を読んでいる。この手の話題は、ややもすると暴露本的で、恨み辛みの表現で下品になりがちだが、著者の経験として淡々と客観的に描かれていて、読んでいて苦にならない。
「研究がしたくて研究者になったのに、なぜこんなに時間がないのか?」そんな疑問は大学教員なら誰しもが思うことだろう。依頼された大量の仕事をとにかく片付ける、という作業していると、あっという間に時間がなくなり、研究・教育に割く時間が枯渇する。プライベートの時間まで仕事が侵食してきて、だんだん時間の感覚が麻痺してくる。
この本を読んでも、その問題が根本的に解決するわけではないが、少なくとも国立大学どのような歴史を辿って、教授が今のような境遇になっているのかを知ることは大事だろう。若手研究者がこれからのキャリアを考える際にも、参考になると思う。
なぜ教授になれたのか、それは著者も書いているように、「運」と「縁」ということに尽きる。もちろん、その「運」と「縁」を手繰り寄せるための努力は、当時それなりにしたのだろう。今となってはよく覚えていないが。覚えているのは、その時その時、置かれた場所で一生懸命、やれることをやったということ。
目標を持ってコツコツとやる。日々の素振りが、大谷の特大の一発を生むように。
昨日誕生日を迎え、49になった。ここまであっという間だったような、ものすごく時間がかかったような。40を過ぎてからは、時間の過ぎ方がえげつなく早く感じた、それだけは確かだ。光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。
あれやこれや、いろんなことに関わり過ぎて、やりたいことに時間が割けなくなっていることは常態化している。これを期に、やりたいことに優先順位をつけ、断捨離をしようか。
One thing at a time. それが自分には似合っている。
髀肉之嘆。劉備の発言が故事になったことは知られている。今の私を指し示す言葉であるかもしれない。
科学をせず、「消防ホースで水を飲むがごとく」のサムシングエルスをこなしている。「これで科学者と言えるのか?」「いや、とにかく組織のためにやるのだ。」ナイフのような声がやってきては消え、消えてはやってくる。
中野のコワーキングでこの文章を書いている。この辺りは15年ぐらい前、公募の書類を郵便局に出しに行くついでに、よくジョギングしたものだった。あの頃、科学者としての自信と不安の揺れる気持ちを抱えて、走っていた。すっかり、中野駅の周辺は変わってしまった。自分は定職についた。しかし、文字通り髀肉之嘆を地で行く自分がいる。
何か全く関係ない新しいことに挑戦することからはじめようか。それで脾肉が減るならなお結構(外食・惣菜ばかりでなく、ちゃんとした食事をとらないと)。
子供たちをつれて吉祥寺に行ってきた。スワンボートに乗ろうと井之頭公園にいったら、人、人、人。桜の季節ほどではないが、少し待ってからスワンボートに乗った。30分で800円。まあまあ高いですね。
子供たちは楽しかったようで、夢中になってスワンボートを漕いでいた。家族でボートに乗ったことがなかった。その後、ぐるっと講演を散歩した後、茶房武蔵野文庫に向かった。
そうえいば名古屋に引っ越す前は、夫婦二人でカフェ目当てで、たまに吉祥寺にも散歩に行っていた。このブログにも何度か登場している。茶房武蔵野文庫のことはすっかり忘れていたが、二人だけで訪れた喫茶店に子供たちを連れて再訪できたのは良かった。
あっという間に大きくなってしまうであろう子供たちと、こうして休日を過ごせるは幸せなことだ。
この度、拙著「見たいものだけ見る私たち」が三省堂発行の中学3年生向け国語教科書『現代の国語』に掲載されました。本日、実際に教科書を手に取りました。肩書きに「計算社会科学者」と書かれているのも感慨深いです。
僕が中学生の頃の教科書は白黒だったし、あんまり面白くなかった。今の教科書はカラフルで、内容も多様で楽しい。SEKAI NO OWARIのSaoriさんも寄稿しています。こういう教科書で勉強したかった。
大学で物理を学び、複雑系で博士号をとって計算社会科学者になり、国語の教科書に自分の書いたものが掲載される日が来るとは。この文章が生徒の皆さんの学びの一助となれば幸いです。
楽天大学ラボで山口真一さん、宇野常寛さんと対談しました。ショート動画全盛のこの時代、このチャンネルでは長い尺で対談するからこそ、出演者から語りを引き出せるとのコンセプトで番組作りをしているとのこと。
相変わらず私はテレビやYouTube向きではないなと、引き出しのなさ、自分の才能のなさに打ちのめされつつも、敢えて苦手なことに挑戦して逃げなかったことだけは、自分をほめてやりたい。ぜひご笑覧ください。
「社会現象としてのSNS―情報社会の現在地と未来|山口真一×笹原和俊×宇野常寛」
いつから花粉症になったのか覚えていない。少なくとも小学生の頃は、洗面器で目を洗っていた記憶があるので、その頃から目のかゆみ、花のムズムズ、疲労感には悩まされていた。
大学院生の頃から市販のアレルギー薬を飲むようになったが、3月といえば学会シーズンで、発表の際に口がパサパサになり、思うような発表ができずに大変な思いをした。今飲んでいるアレグラは第一世代の薬よりはましだが、やはり薬を飲むと調子が悪い。頭がボーっとするし、疲労感もある。
特に今年は例年よりもひどい。去年の効果があった目薬も点鼻薬もあまり効かない。この憂鬱が終わるころには、桜も散り、新学期が始まっている。ああ、花粉症。
3月のキツキツのスケジュールは本当に応えた。道徳研究会(3/7)、BMOTの講演(3/7)、SMWSの発表(3/10)、SSH成果発表会(3/12)、スマートニュース研究会(3/13)、SSIワークショップ(3/13)、DSAIシンポジウム(3/14)、ELSI大学サミット(3//16)。
体調を崩したらアウトというプレッシャーと、これらのイベントのこと以外はほぼ何もできないという不自由さ。もちろん、発表資料の作成には発表時間の何倍、何十倍の時間がかかっている。
イベントが始まる前は、これは何の修行なんだと思ったが、終わってから振り返ってみると、新しい知識やつながりができて、それはそれで良かったのだと思える。
今日のイベントで、何とか山場は乗り切った感はある。あとは、連携協議会、電子情報通信学会、学位記授与式、入試説明会にMOTオープンハウス。これらを無事に乗り切ったら春休み...、という暇もなく、新学期に突入する。
忙しさの渦中は意外と平気だが、一息ついた時に心に「どっと疲れが出る」という経験をこれまでもしてきたので、注意が必要だ。残り1年となった主任の重責を果たしつつ、研究・教育も頑張る。
科研費をとって最初にかったのがHappy Hacking Keyboardだ。それ以来、その打鍵感のよさからずっとラボでも家でも愛用している。家では無刻印のものを使っていて、サイトのログインで何桁かの番号がもとめられる際、推し間違えてクソっとなるが、それを上回る満足感。
ここにきて、Lofree Flowのキーボードを知った。さっそくAmazonで注文した。これが中毒性の大会心地よい打鍵感で、なかなか良い。タイプ音はHHKBよりもカタカタ感が強くで大きめだが、私はそれが気にならない。無意味にずっとカタカタやっていたいぐらい気持ちが良い。
まずは家で仕事をするときはLofree Flowをつかい、ラボではHHKBを継続する。これで様子をみて、どうするか決める。もしかしたら、どちらもLofree Flowにするかもしれないし、やはりHHKBにもどるかもしれない。打鍵感の心地よさは大事。
2016年3月に最初の修士学生を送り出した。当時は私も若く、自分が大学院で経験したことを学生に伝えるのだと鼻息荒くしたが、挫折した。「博士に進学して研究者になる」というのが当たり前の環境の方が少数派なのであって、そうじゃない方が大多数なのだから、自分の経験に依拠してもうまくいかなかったのは無理もない。
あれから年齢を重ね、より多様な研究テーマをを扱うようになった現在は、基本的には学生のやりたいテーマを尊重して支援することにしている。最低限抑えておく必要があるということは指導するようして、できるだけ学生の自主性とやる気に任せている。そうすると、学生ごとの差がどうしてもでてくる(もともとの能力ややる気は、指導だけでどうにかなるものでもない)。それでも、教員ががちがちにレールを敷いてしまったら、学生が自ら考えて試行錯誤する機会を奪うことになる。学生を信じて見守る、という以外にはない。
その気持ちに変わりはないが、本当にそれで良かったのかと思う気持ちもある。ものの本によると「期待するからつらいのだ」というのがあるが、自分の学生に期待しない教員などいるだろうか。
自分が費やしたこの時間は、誰かを・何かを改善することにつながったのだろうか。その答え合わせは、おそらく何年も先になるのだろう。教育とは特効薬のように全員に効くものではなく、すぐに効果が見えるものでもない。
何度か試験監督の話題はブログに書いているが、今回は共通テストのそれである。センター試験が共通テストになった。本当は、今回の試験監督は免除されていたのが、都合がつかなくなった教員のピンチヒッターをやることになった。
名大の時は明和高校の担当で、2日間まるまる潰れるので、なかなかにしんどい仕事だった。ただ、空き時間に話をすることができて、それはそれで楽しかった。「2日間、ミスなくやりましょう。オー!」みたいな感じになるので、一体感が生まれ、よかった。
それから、栄から明和高校に行くまでに、古い町並みがあったり、名古屋城の城壁の名残があったりして、それを見ながら歩くのは楽しかった。そして、試験監督の仕事を終えると、栄の駅地下のタリーズでコーヒーを飲んでから、家路につくのが楽しみだった。
東工大に移ってからは、幸いなことに担当は2日のうち1日でよい。それは助かる。ただ、名大の時のように、先生とおしゃべりするとか、街並みを見るとか、そういった楽しみはない(誰もそんなものを求めてないかもしれないが...)。間違いをおかさないように、神経をすり減らす一日になる。
今回は大きなトラブルなく終えることができたので、よしとすることにしよう。
年男だった2024年が終わり、2025年に突入。今年はいろいろと節目の年になりそうだ。
2020年にスタートしたCRESTのプロジェクトは、2025年度が最後(2026年3月終了)。コロナ禍で、かつ、名大から東工大に移籍するタイミングだったので、成果が出せるかどうかがまったく不確実な状況だった。
それでも、名大の学生たち、CRESTのRA、ポスドク、共同研究者に恵まれて、想定以上の成果を出すことができた。新しい論文が2つ、新しい実験も1つ控えている。小さなグループにしてはがんばったと思う。さきがけのように単独でやるのと違い、グループで成果を出すマネジメントについても学ぶことが多かった(苦労も多かった)。
一方、2024年10月にスタートしたKProgramのプロジェクトは、今年トップギアにもっていく必要がある。まずは、優秀な人材集め。Brunoが加入したのは幸運だったがが、さらにメンバーが必要。現職の特殊な環境で研究成果を出すは至難の業。
主任の役職も2025年度まで(換言すると、まだ4か月しかたっていない...)。とにかく、大過なく、東京科学大MOTの「顔」を務めなければならない。これが達成すべき大目標なので、細かいことは気にしない。リーダーとはかくも孤独なものかと身にしみて感じた。しかし、この経験も無駄ではないだろう。
有限の人、物、金、そして時間、これらの制約の下で成果を最大化する。自身の鍛錬もおこたらない。気持ちは地方の戦国大名。それも悪くない。
週末は家族でスーパー銭湯に行く。名古屋にいた頃からの習慣で、子供たちも小さい頃からなので、みな風呂好きだ。昨今、入浴料も値上がりし、子供たちも料金がかかるようになったので、それなりの出費にはなるが、風呂は我が家のささやかな贅沢である。大きなお風呂で汗をかくことが、なによりのストレスの解消になる。
スーパー銭湯にも個性がある。露天風呂が充実している銭湯、露天はないが内風呂の泉質が良い銭湯、サウナがやたら多い銭湯、ごはんがおいしい銭湯。武蔵野以外にはにはあまりない黒い温泉の銭湯もある。だいたいどの銭湯もチケットを購入するので、財布はチケットだらけになる。
熱めの風呂に入り、露天に行き、サウナで汗をかいて、水風呂へ。最後に熱めの風呂に再度入り、出る。これで「整う」。
いろいろ抜けているのはもともとだが、不注意で不運な出来事が続いた。
先日は電車を乗り換える際に、駅構内で職員カードを落とした。すぐに「落としましたよ」と親切なご婦人が教えてくれたので、職員カードは紛失せずに済んだ。
翌日、授業が終わって家路についたとき、定期入れを手に取ったら、EXカードがない。かばんの中にも、ポケットの中にも。EXカードはそれだけでは悪用はできないが、「やってしまった」と意気消沈した。定期入れにはAirTagをついてけいるので、所在をiPhoneで確認できるが、定期入れから落ちてしまったEXカードはどこにあるかわからない。
JRの落とし物チャットボットに登録して、1日にまったらそれらしきものがあったとの知らせがメールできた。まだ自分のものかは確認はとれていないが、明日無事にEXカードを受け取れることを祈る。そして、届けてくれた方、ご親切にどうもありがとうございます。
もう一つの不運。新車のプリウスの左ドアをブロックにぶつけて、凹ませてしまった。赤信号で止まった時にうどん屋さんを見つけて、左に曲がったら、まさか入り口付近にブロックがあるとは思わず、「ドカン」と鈍い音が。あー。KINTOなので、修理に出しても、免責5万円なので、それ以上とられることはない。しかし、気持ちも凹んだ。
「今に集中せよ」という警告なのかもしれない。大きなトラブルにはなってないので、不幸中の幸いと思うことにして、自分を戒めよう。まだ2024年は残っている。
2024年の師走に突入した。気が続くと紅葉の時期を過ぎ、街はクリスマス、盆暮正月の雰囲気。
3Qはオムニバス講義以外は授業がなかったので、4Qと来年度の授業の準備、そして研究を...と思っていたが、全く時間が取れなかった。10月の認証評価の対応でかなりの時間を取られ、11月は院試対応。博士論文の審査も5件ぐらいはやったのではないか。主任業務は増えることはあっても、減ることはない。
それ以外は全く何もしなかったのかというと、もちろんそんなことはない。博士学生の中間審査をやり、CRESTの領域会議をこなし、研究助成に応募し、ポスドクと学生の論文を修正した。なので、最低限やるべきことはやった、とは言える。しかし、それは最低限なのであって、自分がやりたいことに到達する前に時間切れ、エネルギー切れ。
山手線の座席に運よく座れると、最初はノートPCで作業をしているのだが、ついつい寝てしまう。気が付いたら田町を通り越し、高輪ゲートウェイなんてことも、二日連続でやった。師走である。
Slackの通知をひたすら処理。毎日、何らかの事務作業をしている。いや、それしかしていない。主任というのは大変である。
主任になって、人と関わることも増えた。面倒ごとに巻き込まれたり、その解決に粉骨砕身する場面も増えた。これも人として必要な経験なのだろう。
アフター5、週末は、SlackもDiscordもメールも見ない。これを徹底しないと、せっかくの時間が台無しになる。きちんとマネジメントし、自分の時間を取り戻す。自分の時間を大切にできなければ、それ以外の時間も大切にできない。
技術経営専門職学位課程は、5年に1回、大学基準協会の認証評価を受けることになっている。事前に書面による審査があり、その後、実地調査がある。
書類作成の時点では、仕事は担当箇所の確認作業ぐらいだった。しかし、実地調査を受ける時点では主任なので、準備や当日対応など重役を任されることになり、すでに9月から様々な準備作業に関わった。
その実地調査が10/18, 19だった。その週は、NAISTで特別講義があったり、KProgramのプレス発表会があったりして、通常よりも忙しかった。何をどこまで備えてよいのかもわからず、膨れた不確実性×プレッシャー×注力散漫で、「しんどい」という言葉に尽きる。
事務職員の方々の献身的なサポートもあり、何とか乗り切ったと思う。どのぐらい上手く対応できたのか、できなかったのか、今となっては思うことがたくさんある。しかし、あまり細かなことにこだわっても仕方がない。達成しなければならないゴールは1つ、それは「認証評価に合格すること」である。それが達成できたならば、主任の役割は果たしたということにしよう。
教授なってまだ半年、主任になって18日目に、いきなり「山場」を迎えることになった。しかし、1.5年の任期のうち、これが一番大変な仕事だとすると、私は「心臓破りの丘」を超えたことになる。そう思うと、気持ちが楽になるのではないだろうか。
この度、第23回ドコモ・モバイル・サイエンス賞(社会科学部門)優秀賞を受賞しました。このような栄誉ある賞をいただき、大変光栄です。皆様からのご支援に感謝し、一層研究に邁進する所存です。
思い返せば、学院長から「笹原先生を推薦しました」というお話をいただいたのが、教授昇格の辞令をもらった4/1。学長推薦者に選ばれたのが5/22。そこから慌てて申請書類を作り、提出。受賞の知らせをもらったのが9/27でした。受賞者には9月初旬から中旬に知らせが行くとのことだったので、すっかり諦めていた矢先の知らせでした。
東京科学大学は3部門中、先端技術部門と社会科学部門の2部門で優秀賞。新大学になってからすぐに2名の受賞者。幸先の良いスタートではないでしょうか。10/25の授賞式に参加してきます。
運動会の季節である。世の中的には、子供の成長を見届ける学校行事のことを指すのだろうが、ここでいう「運動会」は、私の頭の中を指している。新大学、新学期、主任、認証評価、KPro、CREST、会議、会議、会議...。完全にキャパオーバー。
2024年10月1日。何はともあれ、東京工業大学が東京科学大学になった。まだ違和感しかない。でも、後戻りはできない。新大学も自分も。フォローしきれない情報の濁流とSlackの通知。とにかくやり遂げるしかないのだ。
土曜夜といえば、思い出すのが「ノブナガ」というCBCテレビでやっていた深夜番組だ。今田耕司と東野幸治が司会のバラエティーで、お笑いのファビアンが出ていた「思い出かけっこ」というロケ企画が好きだった。今ならコンプラ違反になるであろう下世話なトークも面白かった。
ノブナガは僕にとって、名古屋の良き思い出の象徴だ。博士号を取得したものの、鳴かず飛ばずで、長いこと安定した職に就けなかった中、最初の定職が名大だった。独特の文化をもつ名古屋に引っ越し、初めて任期を気にする必要がなく、研究に打ち込めるようになった(本当に名大には感謝している)。土曜夜の時間に、安心して好きなお笑い番組を見て過ごせるようになり、その頃やっていたのがこの番組。ノブナガで紹介していた東海の情報を見て、中部地区の文化や雰囲気を知った。こういう独自な地方番組があったのも、名古屋の好きなところ。
当時はまだ子供もおらず、助教だったので学生もおらず、自分と向き合う時間がたっぷりあった。あれほど自分の時間を謳歌した時代はない。今となっては、自分のことを考えるよりも、プロジェクトのこと、大学の業務、授業のことを考えていることの方が多い。土曜も授業がある。来月から、また1つ、いや2つ、重い仕事が始まる。増えるのは仕事量だけでなく、責任とプレッシャーもだ。
コロナ禍に名古屋を去ることになったが、何かを置き忘れてきた感じが拭えない。外出が禁止され、何もかもがZoomになり、「穴倉」で生活していたコロナ時代に負った傷がまだ癒えていない。だから、ノブナガの「思い出かけっこ」を見ていた頃を懐かしく、羨ましく思う。
「あなたは何したイエスタデイ? セイ」
舞い込んでくる仕事をこなすのに必死で、自分のやりたいことまで辿り着かない。そんな日々が続くと、どんどん元気もなくなってくる。しかし、それを乗り越えるための「仕組み」を自分の中に持っていないと、この「流されている感」は克服できない。
その方法1つが禅の考えを身につけることかなと思った。禅の本を探していて、たまたま「禅、シンプル生活のすすめ」という本を見つけた。試し読みでパラパラと見ていたら、今の自分に必要な言葉が多くあったのでさっそく購入して、通勤の行き帰りで読んでいる。
裏側に自信が見える不安は、気のもちようでいくらでも超えられる
「因縁を結ぶ」という言葉があります。物事は、「原因」と「縁」が結びついて結果が出るということです。
覚悟を決めるということ。それは、事実を事実として受けとめること。
心に刺さった言葉は枚挙にいとまがない。この本には、禅を日々の生き方に活かすヒントが詰まっているので、折に触れて読み返してみたい。
毎年夏休みになると、立教大学体育会水泳部が水泳教室を開催し、近所の幼稚園や小学校の子供たちが大勢参加する。今年はうちの子供たちも参加し、水泳部のお兄さん先生、お姉さん先生にお世話になった。立教大学のプールの設備はさすがに立派で、水泳部の学生たちもとても親切に指導をしてくれた。こういう大学の社会貢献は素晴らしいなと思った。
子どもたちは水に入るのを怖がらないだろうかと心配していたが、全然そんなことはなく、毎日楽しそうに水泳教室に通っていた。5日間の練習で、上の子も下の子も蹴伸びができるようになって、賞状をもらい、とても喜んでいた。泳げて損することは一つもないし、きっと泳げることで子供たちの自信にもつながるだろう。
私が子供の頃は、短距離走は得意だったが、マラソンと水泳が苦手だった。特に泳ぐのは不得意で、泳げてもせいぜい25メールぐらい。私もそろそろサボっていた水泳を再開しないと。
子供たちの成長、大学の役割について再考した一夏のイベントだった。今年の水泳教室の様子がHPにアップされている。
院試業務、中間審査、学生指導、舞い込む依頼などなど。お盆休み明けの怒涛の仕事ラッシュを何とか乗り切った。「しんどかった」の一言に尽きる。昨年10月、11月に、全く休みが取れずに心も体も壊れかけた経験があるので、今回は要注意だった。今こうしてブログを書いているということは、何とか生き延びたということ。
先日、日曜にAbema Primeの出演依頼が来て、Zoomで出演した。忙しい合間をぬっての出演で、思うように準備もできなかったので、悔いが残る回答しかできなかった。それで、苦手なものにあえて挑戦するというのは、自分としてはよくやったと評価してあげたい。
ご興味があれば、こちらをご覧ください。https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p5898
2024年度前期の講義もゼミも終わり、ようやくお盆休みという小休止が訪れようとしている。このタイミングで、前期は何を成し遂げただろうか、後期は何をしようかということを改めて考えている。
今年は大学の雑用が増えるか思っていたが、現時点では(もちろん増えてはいるが)そこまでではない。一方で増えたのは、突然依頼が舞い込む責任が重めの仕事だ。定期的にやってくる論文のエディター業務や査読も加えると、大学の仕事というよりはそれ以外が増え、かなりの時間を費やすことになった。自分がお願いする立場になることもあるので、「お互い様」な仕事は引き受けるしかないが。
授業をやり、勉強会をやり、学生を指導し、研究員と議論し、倫理審査の手続きをし、大型プロジェクトのマネジメントやりつつ、委員会の仕事、講演、取材、執筆、そして副主任業務。ああ、8月中に科研費も書かなくては...。スーパーマンでもない限り、これを回し続けるのは不可能なのではないか。せめて、研究室に助教がいると助かるのだが。
こうして文章にしてみると、自分のやりたいことを蔑ろにしてきたことを痛感する。研究者が研究をやらなくて何をする。仕事を整理整頓した上で、3Qに賭ける。
このブログを見返して見ても、夏の気温の変化ぶりが感じられる。エアコンがなければ生きていけない状況は、異常としか言いようがない。
2007年の記事には、「ここのところ猛暑が一段と厳しい。連日昼間は35度近い」という記述がある。35度なんて、今の感覚では「涼しい」ほうだろう。
「酷暑」という言葉が流行語になったのは、2010年だそうだ。このブログに、2018年に今夏記述がある。「40度近い酷暑とエアコンなしでは眠れない日々が続く。昨日は早く床に着いたせいもあって、ぐらいに目が覚めてしまった。エアコンの風を浴び続けているせいか、体もだるい。」2018年にはすでに、40度近い気温を名古屋で体験していたのか。
こう暑いと、自覚症状もないまま死に至る危険性もあるとして、熱中症もサイレントキラーと呼ばれることがある。自分たちの代はともかく、子供や孫たちの代には、地球は住めなくなっているのではないかと、心配することしきりである。
計算社会科学の国際会議IC2S2 2024に参加するために、ペンシルベニア大学(フィラデルフィア)に来ている。昨夜のカンファレンスディナーを終えて、ホテルに帰ってすぐに寝たら、朝3時に目が覚めてしまった。まだ時差ぼけが直っていない。
今回は変化を感じる回となった。かつての計算社会科学といえば、ソーシャルメディア分析が全盛で、非構造化データを扱うスキルをもつCS研究者が多かった(当時のことは、[こちら]の記事にも書かれている)。
しかし、回を重ねるごとに社会科学、特に、定量的研究をする社会学や政治学の研究者が増え、大規模言語モデル(LLM)が普及したことで、一気に研究の質・量ともに向上した。それから、新たに参入した博士課程の大学院生や女性研究者の数も増え、盛んにネットワーキングをしている姿が印象的だった(それだけ、アカデミアで、テニュアをとって生き残ることは熾烈なのだ)。
私の研究室からは3件の発表があった。口頭発表をする予定だったポスドクは諸事情で参加できなかったので、私が代理発表することになった。結果的には、自分でスライドを直したことで理解が深まり、研究の強みも弱みもわかったので、その点は良かった。発表でもらった質問も今後の分析につながるものだった。学生1名と共同研究のポスター発表も無事終わった。
次回のIC2S2 2025はスウェーデンで開催される。ポスドクや学生にどんどん出してもらいたいところだが、このところの円安で、出張費が劇的に高騰しているという頭が痛い問題がある(1名派遣するのに、60万円以上かかる)。学問的な熱と予算という現実問題に板挟みになりつつも、最善を尽くすほかない。
Amazonに「ネットワーク科学入門」のコメントが載っていたので読んでみたら、あまりにも適当なコメントだったので、絶句した。
まず書き出しは、
図書館で借りてザッと目を通した程度での感想です
と。いやいや、それで感想書いちゃ駄目でしょ。そして、
副題の印象とは違ってこの本にはPythonのサンプルコードや数式はそんなには出て来ない感じで、
と。いやいや、チュートリアル、網掛け、Boxを読んでないでしょ。しかも、わかやすさのために、そういう構造にしていることが冒頭に明記されている。
p.17でvertexをバーテックスと表記していますが、普通に頂点で良いのではないかと思います。
これに関しては、訳の表現揺れかと思って、本書を再確認したら、「分野によってはそういう呼び方をする」という意図なので、これで全く問題ない。しかも、訳注まで入れている。
もちろん、誤植や間違いがあれば直ちに訂正して、表に載せます。しかし、こちらには何の落ち度もないのに、 「ザッと目を通した程度」で一方的に適当なことを言われると、流石に気分が悪い。多くの時間を割いて作業した訳者に失礼でしょ。
熊谷市が41度越えの気温を記録して、「そんな暑い地域もあるんだね」ぐらいに昔は思っていた。しかし、今やこのぐらいの気温はどこでも記録しうるし、今日の新座は体感気温はこれを上回っていた。市長選挙の投票のために、近くの小学校まで家族で歩いて行ったが、命の危険を感じるほどの暑さ。
この数日は、夜でもエアコンを消すことができないぐらい暑かった。エアコンを消せば熱中症の危険性があり、つけていると冷房のせいで体がだるくなる。もともと冷房が得意なほうではないので、日中もエアコンが効きすぎると具合が悪くなる(アメリカにいたときは、冷蔵庫の中かと思うほど極端に冷やすので、それよりはましだが)。
この異常な暑さは、日本がどうのこうのという話ではなく、世界規模で温暖化が進行していることに起因するのだろうが。自分が生きている間はともかく、自分の子どもたち、さらには孫たちの時代の気候は大丈夫なのか、本当に心配になる。
買ってよかったと思える商品などそうないが、これは今でも満足している。「ソーダストリーム」だ。ガスシリンダーを装着し、冷たい水を入れたボトルに「シュー」と炭酸ガスを注入する。私の場合、むせるぐらい「強強」炭酸が好きなので、長押しで3プッシュする。
純正のシロップもあるが、業務用のコーラやレモネードベースがあれば、あっというまにお家ドリンクバーの出来上がり。粉末の麦茶に炭酸を注げば、なんちゃってノンアルビール(風の飲み物)になる。休肝日にぴったり。
以前は、缶の炭酸水をはご買していたが、重いし、缶を捨てるのが面倒だし、(リサイクルに出すとはいえ)そもそも環境に良くない気がする。ソーダストリームのガスシリンダーは、古いものと交換で買う方式のため、確実に回収され、再利用される。その点はとてもエコ。
いよいよ夏の暑さがやってきたので、せめてお家では炭酸ドリンクを飲んで涼み、リラックス。
昨日で1Qの授業が終了。4月、5月は忙しかったが、何とか乗りれた。再来週から2Qが始まるので、それまでにいろいろ立て直さないと。
やりたいことはたくさんある。港区のスポーツジムに通うつもりで、ジョギングシューズまで買ったがまだ行けてない。プールに一度通ったきりだ。昼休みを活用して、今度こそ運動する習慣をつけよう。
本も論文も読みたいものがたくさんある。特に、Nature+のサブスクに入ったので、Nature Human Behaviourをはじめとして、主要雑誌が月額9800円で読み放題。なので、読まないともったいない。
運動も読書も続けることは、体と頭の「体幹」を鍛えるためには重要だ。いつか花開かせるときの土台になる。そのための時間を捻出せねば。
「屋根より高い、こいのぼり〜」うる覚えではあるが、下の子が大きな声で歌っている。この感じがかわいい。5月5日はどこの家庭でも、子どもたちの健やかな成長を願ったことだろう。
風になびく鯉の尻尾を久しぶりに見た気がするが、それもそのはず。コロナ禍で、もう何年も穴ぐらの生活をしていたので、見た記憶がないのだ(去年は昇任関係の書類作成に追われて、GWはなかった)。
無我夢中で研究(雑用?)をして今の職に就いたが、自分もかつては子どもだったわけで、健やかな成長を願われて、ここまで大きくなったのだろう。 そう思うと、何となく感慨深い。
優雅になびく鯉のぼりのごとく、時に風に身を任せ、時に風に逆らい生きていこう。
サンデーモーニングにインタビュー出演しました。OpenAIが東京に拠点を作ったり、MetaがLlama 3を発表したりと、毎日のようにAI(特に、大規模言語モデル)に関する話題がニュースで報じられています。なぜAIを開発している企業が日本に拠点を新設するのか、生成AIが遍在する社会では何がおこるのか、計算社会科学者の立場で回答しました。
正直、誰も生成AIの今後がどうなるかなんて予測はできないし、「予測」なんて言葉を使っている時点で負けなのだと思います。1年前、ChatGPTが出てきて大騒ぎでしたが、もはやLLMをビジネスで活用するのは当たり前になっています。かつてないペースで民主化・大衆化が進んでいる生成AI。大学の研究者として何ができるのか、予断を許さない状況です。
卒業式の余韻に浸る間もなく、入学式、オリエンテーション、そして2024年度の学期がはじまった。年度末の予算処理に間違いがなかったも心配だし、新年度の手続きでもヒヤリ案件が多発。ここを乗り越えて、研究と向き合う状況を整えたいところ。
コロナ禍に東工大に移ってきて、まずは新しい環境に慣れよう、授業の完成度を高めよう、自分が関わっている研究で成果を出そう、そして、依頼原稿、招待講演、本の執筆・翻訳と、我武者羅にやってきてきた。当時は、その先にどんな未来が待っているかなんてらからなかった、その成果が一気に出たのが2023年度だったように気がする。
さて、2024年度はどうなるか。いや、どうなるかではなくて、どうしたいかだ。先手先手で動いて2024年度を作っていく。そして、今年はプライベートももっと充実させたい。楽しいことがある日々は頑張れる。
3/26はあいにくの雨だったが、東工大の学位授与式がとり行われた。公式情報によると、東工大から学位を授与されたのは、学士1,041人、修士1,653人、専門職学位課程25人、博士167人とのこと。みんな、これからの日本を背負っていく逸材たちだ。
私の研究室からは4名(専門職学位課程)が無事に卒業した。うち2名は、プロジェクトレポートの優秀賞に選ばれた。また、1名は社会人学生として、博士後期課程に進学する。
学位記手交と謝恩会後、笹原研の打ち上げをした。久しぶりに学生たちと会い、楽しい時間を過ごし、卒業生たちに言葉を贈った。この日の主役は卒業生だが、学生たちがサプライズで、私の教授昇進のお祝いを準備してくれていた。ハンディーなコーヒーミルと手編みのドリッパー。プレゼントはもちろんだが、学生たちのその気持ちがとてもうれしい。
2023年度が終わろうとしている。昨日、CICの居室のドアに、准教授から教授に肩書が変更されたマグネットが張られた。定年退職まで髀肉之嘆なんてまっぴらなので、「自由な発想による研究」がずっとできてない現状を打破する。
思いっきり尖った研究をする。それが自分がやりたいこと。
研究室を運営するというのは本当に難しい。名大時代は、いつも誰かしら研究室に学生がいて、学生同士が教え合う「横の学習」があった。今の環境は社会人がメインの特殊な環境で、横の学習が原理的に難しい。
大学の廊下でばったりあって、「あの件はどうなりましたか」みたいな会話はできない。オンラインベースだと、会おうと思わないと会えない。それでもその制約を克服しようと、負担増を覚悟で、ゼミを週2回に増やし(DとM)、フルタイム学生の勉強会、そして1on1を行っている。
この3月で笹原研の3期生が卒業する。これまでの卒業生は3名、今回は4名で、合計7名になる。うち、3名がプロジェクトレポートの優秀賞を受賞し、さらにそのうちの1名は総代を務めた。博士後期課程に進学したのは、7名中3名。これが東工大に移籍してからの数字。ゼミ等をおろそかにせずに取り組んだ成果だと信じたい。
仕事は増える一方だが、教員一人で研究室運営をしなければならい。自分の負担は軽減しつつ、研究室全体で成長していくにはどうしたら良いか。そして、この特殊環境でも研究を諦めず、成果を出していくためにはどうしたら良いか。模索は続く。
田町の本屋さんで見つけて、面白そうだったので、『世界は経営でできている』(岩尾俊兵 (著))をさっそく買って読んでみた。この本でいうところの「経営」とは、「価値創造という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる様々な対立を解消して、豊かな共同体を作り上げること」である。
仕事、家庭、恋愛、勉強、老後、科学、歴史など色々なテーマに関して、あるある的な失敗事例を取り上げ、それらがどう経営の視点で捉えられるのかが書かれている。シニカルで、時に自虐的なユーモアを交えつつ、小気味よいテンポで展開される。お笑いのリズムネタのように、プロットが定型なので、下手すると途中で飽きられてしまうが、そうならずに読者を誘うのは筆者の腕だろう。
難しいことが書かれているわけではない。取り上げられているテーマにおいて、経営が欠如していること(=目的と手段の転倒、手段の課題化、手段による目的の阻害)が問題なのだという。私が特に関心したのは、以下の記述。
日本応用数理学会の応用数理ものづくり研究会セミナーで講演をしてきた。以前、アドバンスソフト株式会社のセミナーで講演したとき、参加者のお一人からお誘いいただいた。数値シミュレーションをバリバリやられている大学や企業の方が多いので、私は完全にアウェイだな、他の講演者の話も楽しめないかなと思っていたら、そんなことはなく、とても面白かった。
大規模地震シミュレーションをAIを使って高速に計算したり、AI融合シミュレーションで都市街区スケールで微気象予測するというのが前半の二名の話。特に、二人目は東工大の先生で、大学発ベンチャーもやられているということ。後半は、私が毎度まいどのフェイクニュースと生成AIの話。場違いな気もしたが、異分野の集会で話をするのは慣れっこ。四人目は、最近の生成AIのトレンドで、自分では追い切れていなかったので参考になった。
物理シミュレーションと深層学習を組み合わせるという発想がなかったので、社会科学で応用の場面があるかはともかく、とても面白かった。「AI融合シミュレーション技術=物理シミュレーション(時間外挿)+AI超解像(空間内挿)」という発想はすごい。
しばらく、あまりにも忙しすぎて、学会や研究会に参加できていなかったけれど、せっかく東京にいるのだから、フットワーク軽くこういうセミナーに参加したいところ。(しかし、実際は会議や雑用に阻まれて、なかなかそうできない)
今日の特別講義が終われば、とりあえず謝金が発生する2023年度の講演・講義は終了。とにかく今年度は数が多かった。来年度は控えよう。
気が付くと2月が終わろうとしている。1月と2月は、学生たちのプロジェクトレポートの指導をして、審査して、授業をして、講演をして、あらゆる確認、確認、確認で時間が過ぎた。もはや何が忙しかったのかも思い出せないぐらい、忙しかった。プロジェクトレポートでは、研究室の学生2名が優秀賞に選ばれた。指導の成果が形になったのは何より。
もう1つ重要案件が残っていて、これを仕上げなければ2月は終われない。本の分担執筆だ。毎度毎度、執筆にとりかかるのがギリギリで(わざとではなく、本当に忙しいのだ)、連休だというのに、籠って作業。いつもの部屋でテレビの音声をBGMにして書いている。
「フェイクニュースを科学する」の時も、「ディープフェイクの衝撃」の時もそうだった。執筆は孤独で苦しい作業。これが終わったら、しばらく原稿の執筆は遠慮しよう。晴れて脱稿すれば、3月は授業がないので、もう少し研究に集中できると思う。自分の研究時間のために、こいつを書き上げる。
研究室の学生が東大との共同研究に取り組んでいて、そのテーマが「スマートウォッチでマインドフルネスを計測する」というものだ。マインドフルネスとは瞑想の一種で、現在において起こっている経験に注意を向ける状態のこと。
先日、共同研究の打ち合わせで、終末医療に関わる職業の人たちが燃え尽き症候群に罹りやすく、マインドフルネスのプログラムを受けることで回復するという話を聞いた。
終末医療に関わる人たちは、死を待つ人たちに自分たちは何がしてあげられるのか、という自問自答を繰り返し、辛い感情を抱えながら、日々高度な意思決定をしていかなければならない。自分の感情を押し殺し、それに気づかないふりをして、粛々と仕事をこなしていく。その無理が続くと、燃え尽き症候群になってしまうというのだ。自分の感情に気づけない人は、相手の感情にも気づきにくくなる。結果的に、ケアする人もケアされる人も不幸な状況になるリスクがある。
終末医療に関わる人に、マインドフルネス瞑想をしてもらうことで、自分の身体が発する「声」に意識を向けられるようになり、「自分は辛かったんだ」ということに気づくことができるようになる。自分の心の状態を客観視することで、心の悪い状態から良い状態(ウェルビーイング)へと遷移するきっかけを作ることができる。なるほどと思った。
研究室を主催し、小さな、しかし重要な意思決定を日々している身としては、共感できる部分がある。自分がやりたいこと、学生がやりたこと、プロジェクトとしてやらなければならないこと、大学の一員としてやらなければならないこと、依頼された仕事、予算の制約、時間の制約、皆が気持ちよく学べるように・働けるように。ANDが取れない板挟みに四苦八苦、仕事量と時間のプレッシャーに翻弄されていると、どうしても自分の感情は二の次になる。自分が自分に「辛かったね」と言ってあげられる状態を作ることで、そこを乗り越えられるようになるというのは興味深い。
マインドフルネスで自分の体の声を聞く。何があっても、自分が必ず帰って来られる唯一の場所。それは自分の身体だ。その身体が悲鳴をあげていることを無視しない。それは大事なことなのだ。
東工大に着任した当時は、名大と東工大を合わせても学生数名という小さい研究室だった。その頃は、忙しいながらも自分でも手を動かす余裕も多少あったし、技術支援員のサポートもあり、研究室全体を把握したり、学生一人ひとりに費やす時間もあった。
しかし、ここ1, 2年で研究室の学生数が大幅に増え(大変喜ばしいことだが)、研究員の数も増え、自分の仕事も激増した。もはや自分で手を動かして研究をする時間はなく、何かで詰まると、研究室が回らなくなるかもしれない、という心配が常にある。実際、昨年末に体調を崩したときは、本気でまずいと思った。
組織の規模が小さいうちは、常識的なやり方で情報共有も意思疎通もスムーズにいくのだろうが、組織の規模が大きくなるとそうはいかない。多様な学生を伸ばしつつ、しかし研究室としての一体感も醸成しつつ、パフォーマンスも上げていく。そんなことは可能なのだろうか。
自分が院生の頃は、強烈な個性とカリスマで学生たちを引っ張っていく先生のもとで学んだので、まったくタイプの違う自分にはまねできない。そして、時代も違う。科学者が科学だけやっていて良い時代は終わった。
それはわかっているが、自分がやりたいのは科学だ。でも、マネジメントは必要だ。研究者としての試行錯誤が続く。
久しぶりに、締切に追われない年末年始を過ごしている(休みが明ければ、やること山積だが)。子供たちもじーじ、ばーばと会えて、うれしそうにしている。
2024年は辰年で、私は年男。実り多い年にするぞ、と気持ちを新たにした。そんな矢先、元旦の能登半島地震が起きた。テレビでアナウンサーが「逃げてください!」と叫ぶ様子に、息子も普通じゃない空気を感じたようだ。事態の深刻さが明らかになるにつれ、3.11の記憶ともリンクして、大変なことが起きたという実感が沸いてきた。
被災された方々には、心からお見舞いを申し上げます。Yahoo基金がすぐに緊急支援募金のサイトを立ち上げてくれたので、少しではありますが募金しました。1月3日 0時時点で7億円を超え、善意が続々と集まっています。一日も早く困っている現地に人に届けば良いなと思います。
そして1月2日には、JAL機と海上保安庁機が衝突し、能登半島地震対応で物資を届ける任務についていた職員5名が命を落とすという痛ましい事故が起こりました。あまりにも痛ましい事故で、言葉になりません。心からからご冥福をお祈りいたします。
2024年が始まってたった2日で、1年分以上の不幸があったような感じがします。世界に目を向ければ、戦争をしている国があって、収束の気配もない。しかし、これが我々が生きている時代。目を背けることも、逃げることもできない。
2013年の自分は何をしていただろうか。ブログ記事を読み返してみると、焦燥感にかられた自分がいた。その焦りや不安を消すために、滝ノ水公園を夜な夜な走っていた記憶がある。
ポスドクから上がり、名大に定職を得て2年目。同期やもっと若い研究者は、どんどん成果を上げていた。どうがんばれば成果が出て、それがどのように評価され、みんなに認知してもらえるのか。その仕組みについて無知だったし、がんばり方がわからなかった。それを教えてくれる人もいなかった。
しかし今思えば、自分で困難を乗り越える経験を積んだことが、研究者としての体幹を鍛えることにつながった。無駄ではなかった。
10年後の2023年。これまでにがんばってきたことが、成果として花開いた感覚がある。成長のS字カーブの急峻な立ち上がりのあたりに、つま先立ちしている感じ。あるいは、伏線を一気に回収した推理小説のラストシーン。
やるべきこと、頼まれたことを、投げ出さずに、愚直に、丁寧にやってきた。きっとそれをちゃんと見ていて、評価してくれた人がいたのだ。「努力が報われる」ためには、才能はもちろん重要だが、それだけでなく、応援してくれる仲間が必要だ。僕はその点で恵まれていた。
10年前の自分に言いたい。「大丈夫、努力は報われる」と。
院試業務、講演、取材、各省庁とのやりとり、複数のプロジェクト(CREST、富士通、SSI)、授業(東工大、東大、早稲田)、監訳の仕事...と、1日も休めないような状態がほぼ2ヶ月続き、体も心も悲鳴をあげていたが、何とか乗り切った。これで無事に2023年を越せそうだ。
去年の今頃は、本の執筆(「ディープフェイクの衝撃」)に追われていて、大晦日の紅白を見ながら脱稿するという経験をした。確かにあれも大変な経験だったが、少しずつ完成に向かって進んでいる感覚が活力になった。
今回はそれとはだいぶ異なる感覚で、あと1ヶ月過密スケジュールが続いたら、間違いなく心がポッキリ折れたと思う。普通の人よりは精神的にタフである自信があるが、何かに追われる日々を2ヶ月続けたので、「これはやばい」という防衛の感覚が自分の中に芽生えた。喉を痛めてから、ずっと体調も回復せず、体を騙し騙し授業を乗り切った。
最近は引き受ける仕事は吟味して、断るべきは断るようにしている。自分が無理をしたところで良いことは1つもなく、結局は相手にも迷惑をかけてしまうことになる。自分が楽しく仕事ができることを最優先する。それが結果的に誰かの役に立つことにつながる。
A First Course in Network Science(Cambridge Univ. Press)の邦訳版「ネットワーク科学入門:Pythonで学ぶデータ分析とモデリング」が1月4日に発売予定です。この本はネットワーク科学の基礎から応用までを網羅し、Pythonのコードを用いて学ぶことができる本格的な入門書です。
日本の第一線で活躍するネットワーク科学の研究者たちが翻訳を担当し、私が監訳を務めました。ネットワークを学び・使いたい学生や研究者にとって、有用な参考書になると思います。ご活用いただけると幸いです。2週間ぐらい遅れてKindle版も出ます。
ちなみに表紙のネットワーク図は私が描いたものです。
2024年4月1日付けで東京工業大学環境・社会理工学院の教授に昇進することが決まりました。通過点の一つにしか過ぎませんが、うれしく思います。ここまでこれたのも、多くの方々のサポートのおかげだと思います。私の先生たち、両親、家族、同僚、スタッフ、友人、学生たちに感謝したいと思います。
2005年に学位をとってから、理研の研究員を2年、学振PDを3年、合原FIRSTの研究員を1年ちょっとやりました。学振PDの最終年には、次の仕事が決まらないのではないかというピンチも経験しました(過去のブログ記事を見直すと、その時の切実な心情が蘇ります)。
その後、2012年6月に名大情報の助教として着任して、2017年に講師に昇進し、2020年8月まで8年ちょっと務めました。そして、2020年9月に東工大MOTの准教授として異動し、4年目に突入したところで、教授昇進が決まりました。
47歳で国立大学の教授になるということになります。日本の大学教授の平均年齢が57.6歳ということなので、それよりは若いですが、さきがけの同期はとっくに教授になって、活躍している方ばかりなので、私はようやくスタート地点です。
横綱級の仕事依頼が舞い込み、面白い個性的な学生たちが研究室に集まるようになり、忙しいながらもやりがいがある状態です。65歳で定年を迎えるまでに、何をなしとげることができるのか。自分に賭けてみたいと思います。
「やりたいことをやるために、やりたくないことはやらない」ではなくて、「やりたいことをやるために、その10倍のやりたくないこともやる」。そいういうマインドセットでないと、大学教員はやっていけない。
もちろん、そうがんばっているが、キャパシティーオーバー気味。取材も執筆の依頼も極力遠慮しているのだが、気がつくとカレンダーは余白がない。
この11月を乗り越えれば...(10月もそうして乗り越えたのだが)。ケセラセラ。きっといい12月がやってくる、はずだ。
いつもは土曜授業なので、子ども運動会に出ることがあまりできなかった。今年はたまたま、10/28(土)は大学の学祭のため休講だったので、運動会で倅少年が走ったり、踊ったりする姿が見られるぞと、楽しみにしていた。
倅も倅で、パパが見に来るというので、はりきって練習をしていたらしい。子どもにしてみれば、父親が見に来るというのは特別なことなのかもしれない。確かに、自分も子供の頃は、自分が頑張っている姿を父が見てくれるのは、何よりもうれしかった。
しかし、子ども送り出した直後から、住んでいる地域一帯だけが局所的豪雨になり、小学校の校庭もドロドロになってしまった。まもなくして、延期のお知らせが小学校から来た。
延期になると運動会は平日開催になるので、すでにパンパンに予定が入っている私としては、参加することができない。昔はもっと時間に余裕があったのだが、今は1日休むと、それだけで仕事が立ち行かなくなる。
倅少年は学校でてるてる坊主を作ったそうだ。天気よ、異常気象よ、延期した運動会の邪魔をしてくれるな。運動会のために、息子もその他の小学生たちも一生懸命練習してきたのだから。
溺死寸前の忙しさだった10月2週目が過ぎた。当初は、乗り切ったら達成感のようなものを感じるかと思っていたが、「無難にこなした」というのが正直な感覚。いや、年をとって私の感覚が鈍ったのか。
昔、いつか食べに行こうと妻と話していた相生山の焼肉店は、いつの間にか潰れてしまい、その約束は果たせぬままだった。東京に引っ越した時は、コロナ禍の真っ只中で、焼肉を食べに行くどころではなかった。
週末に近所にある、食べ放題ではあるがワンランク上の焼肉屋「ワンカルビ」に家族で行って、たらふく美味しい肉を食べてきた。店に着いた時点で10組以上待っていて、かなり待たされたが、これがまた食欲増進につながった。
分厚いステーキ肉をじゅうじゅう焼いて、チョキチョキ一口大にカットして、甘めのタレをつけてパクリ。普段食べられないような肉を次から次へとオーダーし、一つも残さず平らげた。赤身のうまいことよ。
それなりのお値段するのでもとなんてとれないが、家族で行っても、金額を気にすることなく高級肉を堪能できる。ワンカルビ、おすすめ。
それ見ていた娘が兄を羨ましがり、自分のノートパソコンが欲しいと言い出した。しかし、そう都合よくお古のパソコンはないので、「もうちょっと大きくなったらね」と言い聞かせた。
そしたら、折り紙で何やら不思議なものを作り、それをパチパチしていた。どうやら、ノートパソコンに見立てて、遊んでいるようだ。
そんな娘が作ったノートパソコンを一台もらった。
「パパ。これあげる。」
紙のように軽く、静音で、CO2も排出しない。型落ちしたら、土に還る。Macbook Airなんて目じゃない、究極のエコPC。これで仕事はできないが、仕事をやるモチベーションをくれる。
「ありがとう。こっちも、パソコン?」
「これはお手紙。」
そこには「パパ」と書かれていた。鉛筆の持ち方なんて教えたことないけど、兄がやっているのを見て覚えたようだ。 成長している。
入試業務から解放されてからは、完成に向けて、ある本の監訳作業に集中していた。合間に会議や学会や講演が複数あって、その度に作業を中断しなければならなかった。間が開くと感覚が失われ、作業効率が落ちた。
本業でないとはいえ、出版社からは「いつ終わりますか?」というプレッシャーをかけられる。本の場合、執筆作業であれ、翻訳作業であれ、徹夜して「えいや!」では終わらない。
マラソンに似ている。やる気満々でスタートするが、途中で中弛みする。なんとか自分を鼓舞して前へ進み、心臓破りの丘に差し掛かると、ゴールは永遠に来ないのではないかと、絶望のズンドコに落ちる。外部からの叱咤激励で立ち上がり、満身創痍で前へ進む。ゴールするイメージが膨らんでくると、加速度がつき、一気にゴールする。
校正原稿の作業がまだ待っているが、一番大変な作業は終えた。さて、次は授業の準備だ。
M先輩の呼びかけで、都立大高エネ研のメンバーが集まった。こうして対面で集まって飲むのは、6年ぶりぐらいだろう。前回は高尾山のビアガーデンで、カピカピの焼きそばを食べながら飲んだ。
今回は秋葉原のお店に集合し、思い出話をつまみに、美味しいクラフトビールをいただいた。卒業してから20年以上が経った今も、こうして集まれるのって、とても幸せなことだ。
「お前、変わらないな!」
「お前もな」
自分も気がつけば47。みんな、企業や大学や研究所で、責任のある立場で頑張っている。ここに集まるまでに、自分も、みんなも、いろんな苦労を乗り越えて、今ここでビールを飲んでいる。不思議な感覚だ。
研究室で、みんなでバカなことをしていたあの頃を懐かしみつつ、こうして同期と再会し、語り合えたのは、この夏休みの最大のギフトかもしれない。来年も、元気で会いたい。
(久しぶりに飲みすぎて、どうやって家に帰ったのかよく覚えていない...)
しんどい作業だった。詳細を明かすことはできないが、院試に関わる雑用をここのところずっとやっていた。何をそんなに時間をかけることがあるのか、と思うかもしれない。1つの間違いも許されないので、チェックし、ダブルチェックし、トリプルチェックしていると、いくらでも時間は溶けていく。
名大でも入試実施委員長を担当したことがあるが、複雑系科学専攻はプロトコルが確立していたので、マニュアルの通りこなせばよく、教務には入試専門の職員もいてサポートしてくれた。大変だったとはいえ、今思えばはるかに楽だった。
現職場はとにかく入試が多い。夏は修士向けに2回、博士向けに1回。さらに、冬に修士と博士がそれぞれ1回。加えて、入試説明会。オールシーズン入試の仕事をしている気がする。どうやって工数を減らしつつ、ミスなく入試を実施するのかの改革が必要だろう。さもなくば、研究する時間を捻出することはできない。この時期には、レポートの採点やPJ発表会、中間発表会などもあり、体調をこわしたらそれでアウトになる。
何はともあれ、院試業務は無事に終わった。ようやく夏休みだ。休めるという意味ではなく、研究に使える時間が少し増えるという意味だ。
「今年の暑さは全然違う。」みなが口々に言っているが、データもそう言っている。CO2の増加による地球温暖化は、私が小さいころから聞かされている話だが、いよいよ地球は待ったなしの状態に突入したのだろうか。
「これ以上は講演を引き受けないぞ」という気持ちではいるのだが、なかなか講演やそれに類する発表が減らない。お世話になっている方からの依頼だったり、公共性が高いものは、どうしても無碍にはできない。
熊本出張から戻った翌日の土曜は、小平青年会議所で講演をしてきた。参加者は会員十数名と小規模だったが、とても熱心に聞いていただき、鋭い質問もたくさん出た。発表して良かったと思う瞬間ではある。
昨年も講演数は多かったのたのだが、前半はほとんどがオンラインだった。そのため、現地にいく必要もなく、発表が終わったら仕事に戻れたので、効率的だった。ただ、対面だからこそのコミュニケーションや充実感はなかった。昨年後半から対面の講演イベントが増え始め、そうなると物理的移動を伴うので、これまでのようなわけにはいかなくなってきた。
少し気になり始めたのが、体力のなさだけでなく、喉の調子だ。講演後に声が枯れていたりすることがある。2月に喉を痛めた状態で、無理やり発表したのよくなかったのか。
コロナ禍で動いてなかったことが、体力の減退や出不精に影響しているのかもしれない。職場がある港区のスポーツ施設は有料で利用できるようなので、筋トレや水泳を再開するか。
人工知能学会に参加するため、熊本に来ている。昨日の昼について、自分がオーガナイザを務めるセッションに参加し、指導している院生2名の発表にも参加した。
せめて空き時間に熊本城ぐらいは見たかったが、あいにくの雨で外に出られず。午後のセッションが終わってから、城の周りを少し散歩したぐらい。
学会出張と言えば、もっとワクワクしたものだが、歳をとったせいなのか、仕事を抱えているせいなのか、かつてのように楽しめない。学会発表を聞いていて2, 3時間経つと、山のようにメールとスラックのメッセージが。処理しきれない...。
それでも、懇親会で新しい交流をしたり、学生たちと飲んだりしたのは、コロナ禍ではできなかったこと。知人や池上研の後輩にも久しぶりに直接会った。それは楽しい。
さて、明日の午前中にはもう東京に戻る。疲れている場合ではない。片っ端から仕事を片付けないと。
この数ヶ月、取材依頼、講演依頼、執筆依頼、様々な依頼が毎日のようにやってくる。いつかは途切れるだろうと、できる範囲でお受けしているけれど、なかなかそうならない。気軽に引き受けたら、かなり時間を準備に時間を使うことになり、後から自分の迂闊さを恨みたくなる。
仕事が向こうから来るうちが華だとは思うが、科学者が科学をできないぐらい忙しいのは、違う気がする。土曜が仕事なので、オフィシャルには火曜が休日で、その日は研究に充てることにしている。しかし、火曜も会議を入れないと、回らない。
そろそろ、控えないといけないな。いや、これ以上は引き受けられない。先約の仕事を完成させるのに時間を使わないと。
先日、国際高等研のエジソンの会で発表してきた。今回は計算社会科学をテーマにしたいということで、私にお声がかかった。もう1名誰かいないかということだったので、さきがけ同期の江崎さんに声をかけた。江崎さんと会うのは久しぶり。
「ビッグデータの活用による社会課題の解決に向けて」と題して、私と江崎さんが1時間ずつ発表し、最後に理研の上田先生を交えて質疑応答を行った。会場の参加者から鋭い質問が飛んできて、楽しい議論になった。
奈良女子大からの参加者もいたり、遠隔でNAISTからの参加もありと、程よい規模でよかった。NAISTからは、池上研のO先輩も参加してくださったようだ。帰り際に、「あんた、磐高出身なんだな」と声をかけてくれた方がいた。何でも磐高関西OB会というのがあるそうで、その方も磐高出身だった。
会が終わり、タクシー待ちをしていた時、高等研の松本所長がお話になりますというので、少しだけお邪魔させてもらった。松本先生がどのような方を存じ上げず、先生のご研究について質問させていただいた。「研究者なのだから研究で一流なのは当たり前」「研究以外のことも勉強する時間を持ちなさい」そんなことを仰っていていた。帰りの新幹線で松本先生のことを調べたら、何と京大総長や理研の理事長を務められた方だった。鋭い眼差しは只者ではないとは感じたが、まさかこんなに偉い人だとは。
オンラインの発表会だと、こういう濃密なインタラクションやセレンディピティはない。久しぶりに楽しい研究会だった。
PilotのTimelineというボールペンを愛用している。少しお高いが、上品さ、重厚さ、書きやすさ、そしてずっと触っていたくなる感じが気に入っている。
これまでバーニングレッド(BTL-5SR-BR)を使っていたのだが、また壊れてしまった。今回で三度目。いつも上部の金具が取れてしまう。また、同じものを買おうと思ったのが、また同じ箇所が壊れる気がしたので、少し上位の機種にした。
明日到着する。楽しみ。
2023年度が始まった。今年度は課程の「副主任」を担当する。副主任の最大任務は入試業務。とにかく、ミスなく効率的にこなさないといけない。「海外では大学の先生がこんな業務をやらないのに...」とボヤきたくもなるが。
この1Qから、2名の博士学生(1名は内部進学)と仮配属のM1が5名、研究室に加わる。研究室が賑やかになることは大変嬉しいことだ。一方、計16名の学生を一人で指導することなるので、それだけ責任も重大になる。
自分が院生の頃「俺の背中を見て育て」的な指導を受けてきたが、今はそういう時代ではないし、そのやり方は効率的でもない(自分にはそのやり方が合っていたが)。マネジメントは必要。
大量の雑用をこなしつつ、授業して、学生の研究指導をして、研究費の申請書を書いて、自分の研究も共同研究もする。フットワーク軽く、これをらを器用にこなせないと、大学では生き残れない。
以下のようなメールが届き、2023 Economic Report of the President(大統領経済報告)に我々の論文が引用されたことを知った。ちゃんと著者に知らせてくれるんですね。
これは、昨年9月に名大で博士号を取得した私の学生と書いた論文で、コロナ禍でボットがデマの拡散をしていたことを示したもの。この研究には、手間もお金も時間もかかった労作。しかし、ちゃんと論文化してよかった。
W. Xu and K. Sasahara, Characterizing the roles of bots on Twitter during the COVID-19 infodemic, Journal of Computational Social Science 5, pp. 591-609, 2022
こういう科学論文もちゃんと調べて、行政に利用するアメリカはさすが。日本の行政もこの姿勢を見習う必要があるのでは。
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梅の花が散り、桜の花が咲きそうな雰囲気。そして、オンラインではChatGPT祭り。講演、原稿、会議・・・。次から次へとくる仕事をひたすらこなし、気が付くと3月も終盤に差しかかっている。それでも、山場となる仕事はなんとか終えた。
来年度(と再来年)は副主任なる仕事をやらなくてはいけないので、果たして研究の時間をとることがができるのか。いや、やらなくてはいけない。幸いなことに科研費基盤Aが獲れたので、特任助教/ポスドク/技術支援員は1名雇用できそう。企業との新しい共同研究もできそう。
自分がやりたいこと、仕事としてやらなくてはいけないこと、すべて書きだして整理してみよう。少し立ち止まって見直してみたら、新しいこと、楽しいことが見えてくるかもしれない。大変だが、大学教員はやりがいのある仕事であり、自分の人生そのものだと。
名古屋以外で、久々に喫茶店らしい喫茶店を見つけた(名古屋は喫茶店がたくさんあって楽しかった)。場所的には埼玉ではなくて清瀬市になる。「るぽ・コーヒーハウス」というお店で、ドラマの収録にも使われたことがある喫茶店だ。外観も内装も写真のように、昭和を感じるレトロな感じ。
子どもたちはクリームソーダ、私は珈琲とコーヒーゼリーを(ケーキが売り切れだったので)、妻はミルクティーとパフェを頼んだ。総額4000円越え!みんなでシェアしないと、財布が大変なことになる!
ごはんもおいしそうだが、気軽に行くには金額が...。あと、オーダーしてから、食べ物と飲み物が届くのに時間がかかるのが難点。でも、雰囲気は抜群にいい。ごはんはまた今度。
2022年度の担当授業が(ほぼ)終わり、やっと一息。今年も4つの授業は土曜1, 2限で、すべてZoomによるオンラインだった。4つとは、情報・サービスと経済・社会システムI、デジタルマーケティング、数理情報分析基礎IとII。
朝早いので大変といえば大変だが、1時間ぐらい前に起きて、朝食を食べて、書斎でコーヒーを飲みながら、スライドの最終確認。100分講義したら、日常に戻れる。それはそれでよかった。
しかし、2023年度から土曜日の授業はハイブリットになることが決まった。つまり、学生は教室で授業を受けても、オンラインでもOKだけど、先生は教室にいて、そこからZoomにつながないといけない。
うーん。これが仕事なので仕方がないが、土曜午前中をつぶされると、運動会や遊戯会などの子供たちのイベントに出られない。休校にして対応する手もあるだろうが、急に病気なったり、学会でどうしても休校にしなければならないこともあるので、そう簡単にはいかない。
土曜が仕事の替わりに火曜を休みにしているのだが、実際に休めたためしはない。結局大学に言って仕事をしていたり、何だかんだで会議が入る。
来年度からは、完全に火曜は研究のためにブロックしよう。副主任を向こう2年間やることになり(正式な役職ではないので、手当はつかない)、ただでさえ忙しくなる。何としても研究のための時間、授業準備の時間、学生指導の時間、家族との時間、そして自分の時間を死守しなけらばならい。メリハリだな。
気がつくと怒涛の1月が過ぎていた。ただただ忙しかったが、なんとか乗り切った。2022年の積み残しの依頼原稿は全てクリアした。
去年の年末から、ちらほらと講演依頼をいただいていた。執筆の目処も立ったし、来年はもう少し時間があるだろうと、大体のものを引き受けた。その結果、ほぼ同時に講演日の日程調整をやることになり、ただただ後悔。
もちろん大変にありがたいことだが、引き受けすぎると、結局、十分に準備する時間を割くことができなくなり、結果的に相手にとっても失礼になるし、自分も不完全燃焼の講演になってしまう。そんな思いをするぐらいなら、いっそ断ってしまった方がまだ良い。ということで、しばらく講演依頼は遠慮することにする。相手のためにも、自分のためにも。
散々苦労した去年と駆け抜けた1月の成果が、2/17に出版される。多くの方に読んでほしい。
昨年末、テレ東大学というYouTubeの番組の出演した。撮影日は12/14。撮影場所はお台場で、院生のときに住んでいた国際交流館のすぐ前にある建物だった。
昔は「船の科学館駅」という名前だったが、「東京国際クルーズターミナル駅」と名前が変わっていた。コロナでずっとターミナルが使われていなかったそうだが、ちょうどその日、船が来ているようだった。
ひろゆきとか成田さんとかが出演したものは数10万再生、100万再生なので、それと並ぶと、数万再生の私の動画は「(再生数が)伸びなかったね」とバッサリされるだろう。私はユーチューバーではないので、一向にかまわないが。
幸いなことに、見てくれた人からは比較的好意的なコメントをもらった。大学時代のサークルの先輩から、「笹原君、見たよ」とメールをもらったりもした。 御笑覧ください。
そうこうしているうちに、私の所属する大学は、東京工業大学から東京科学大学になるらしい。東京医科歯科大学と合体して、医学、工学、理学が融合するので、まとめて科学にしたのだろう。英語名は、Institute of Science Tokyo。なんかしっくりこない。
最初にディープフェイクの新書の執筆依頼をいただいたのは、2021年1月。CRESTが12月に採択され、ちょうど関心が出てきていたので、執筆を引き受けた。しかし、ポルノやプロパガンダ以外のディープフェイクの話題が見つからず、本としてまとめるには、どうしたものかと、頭をなやませていた。
インプットはするものの、なかなかストーリーも構成も決まらず、本をすらすら書ける状態には程遠い状態が続いた。そんな流れが変わったのが、2022年8月以降の画像生成AIの一大ブームだ。これで一気に流れをつかんだ。
とはいえ、大学で授業をもちつつ、雑用もこなしつつ、プロジェクトの研究も進めつつ、別の講演・執筆の依頼もこなしつつなので、精神的にはかなりきつかった。「執筆しなければ」というプレッシャーを抱えて、旅行や帰省もしなければならなかった。
編集担当者にはご迷惑をおかけしたが、12/31(正確には1/1早朝)についに脱稿した。いったん書けるフロー状態になると、自分の体が別の生き物のように動き出し、一気に進む。執筆は42.195キロのフルマラソンみたいなものかもしれない。いくつか寄稿依頼が残っているものの、先の苦労を思えば、何ということはない。(ただし、しばらくは、執筆依頼は遠慮する)
この連休、自分へのご褒美も兼ねて、Mon-bellのダウンと珈琲豆を買った。なかなかいいお値段するが、そのぐらいの贅沢は許されるだろう。この連休が実質的な冬休みになった。
1/1早朝まで執筆をして脱稿してからは、正月休みモードでだらだらしている。いや、それが普通のことなんだけど。
休みになると、子どもたちと過ごす時間も増えるので、「こんなこと言えるようになったんだ」とか「こんなことできるようになったんだ」と感心する瞬間が多々ある。
子どもたちと遊んだり、ただぼーとするのも悪くない。ぽたぽたとコップに水が溜まっていくかのごとく、やる気が少しづつ溜まっていく。あれしたい、これしたい、と。
今年のおみくじは小吉だった。これまでは「大吉でなければ」などとどいう変なプレッシャーでがんばっていたのかもしれない。しかし、小吉結構、ばんばんざい。肩の力を抜いて、前に進む。いちいち人の評価など気にしない。小吉モードで。
明けましておめでとうございます。コロナになってからの3回目の新年です。今年こそ、自分の手を動かして研究をしたい。そんな思いを強くした新年です。
盆も正月もなく、ずっと執筆に追われていましたが、たった今、脱稿しました。まだ編集やチェックの作業は続きますが、白紙と睨めっこして、一文字も出てこない恐怖とはおさらばです。
こんな時間まで作業していたので、本当に良い内容の新書になったのかは、改めて読んでみないとわかりませんが、ひねり出した言葉で、わかりやすいストーリーを紡いだと思います。時間がたつと、あれが足りない、これが足りないという焦りがこみ上げてきそうな気もしますが。とにかく、やれることはやった。
元旦の今日ぐらいはゆっくりしたいが、締切を超過している原稿が...。しばらく執筆の仕事は遠慮したい。